センスって何?

何をやらせても上手くソツなくこなす人がいる。学校の勉強然り、スポーツ然り、音楽然り、ナンパ然り。家はお金持ちでスポーツカーを乗り回し、女の子にモテたいなんて素振りはまったく見せないのに周囲はいつも可愛い女の子が取り巻いている。マンガではお馴染みのキャラだ。古い時代なら「巨人の星」の星飛雄馬のライバル、花形満がそうだったし、ちびまる子ちゃんならミギワさん憧れの花輪くんがそうだ。やったことがないことでも最初っから人並み以上にデキてヒーローになるタイプ。人は彼らを見て「持って生まれたセンスだね」という。

生まれつきのセンスって何だろう?
お釈迦様のことはわからないが、人間は生まれてきた瞬間には泣くこと意外は何もできない。おっぱいを飲むことだってお母さんに教えられてからやるほどだ。そもそも生まれたばっかりの赤ちゃんが車の運転を知っているわけはないしテニスや野球を知っているわけはない。なぜならそれらは人間があとから考えだしたことだからである。おとぎ話や童話以外で野球をやるネズミや相撲を取るクマを知らない。
それなのにどうして最初から何をやっても上手にデキる人がいるのだろう。

しばらく前にテレビではトレンディードラマというのが流行っていた時代がある。キムタクこと元SMAPの木村拓哉さんもトレンディードラマにたびたび出演していた。ドラマの中でサーフィンやテニスなどをやる場面があると、どれも上手にこなしていた。人は「センスがいいんだね」と言っていたがボクはそうは思わなかった。この人は日頃から人一倍周りのことを注意深く見て、多くのことに興味を持って、できることならすぐにちょっと試してみる、ということをやり続けている人なんじゃないかと思った。

サーフィンの上手い人が生まれながらにサーフィンが上手かったとは思えない。生まれながらにバランス感覚が良かったとも思わない。お母さんの子宮の中でバランス感覚を磨いていたとは思えないからだ。語弊はあるがこの世にポトンと生まれ落ちてからの環境と自分自身の興味がどこを向くかのバランスで、その後にサーフィンが上達する土台が出来てきたのだと思う。もちろん、生まれながらに障害を持って生まれてくる子供だっている。しかし、どこからが障害でどこまでが健常なのかの境界線なんてない。それぞれに生まれ落ちたあとの環境によっていわゆる”センス”と言われるものが出来上がってくるのではないかと思うのだ。

多くのことに興味を持つことは、一見簡単なようでいて誰にでも出来ることではない。多くの人はそれを面倒くさいと思う。たとえそれが自分の興味のあることに近いことであってもだ。いや自分の興味に近いことであることにすら気付かないのかも知れない。
例えばだ。店の前に水を撒いている人がいるとしよう。ホースから出た水は放物線を描いて地面に落ちてゆく。そこへ風が吹いてきた時には水は風に吹かれて横に流される。水の質量と粘度と流れ出る速さは水の行方にどんな影響を及ぼすのだろう。いやそんな事を考えなくても、風が吹いている時にホースから出る水が風に流される様子を興味深く見ていた人は、初めてのゴルフコースで横風に吹かれた時、グリーンに強い風が吹いている時に、どちらの方向に打ち出せば思い通りの軌跡を描くかを直感的に把握するかも知れない。見事にカップインするボールを見た友達は「あいつはゴルフのセンスがある」と言うかも知れない。例えば、だ。
その”ゴルフのセンス”は生まれつき持っていたものだろうか。

そもそも絵画だって音楽だってゴルフだってスキーだって自然にあったものではない。あとから人間が考え出したものだ。生まれつき絵のセンスがある子供が生まれてきたとは考えにくくないだろうか。生まれた瞬間から絵が上手い人もテニスが上手い人も歌が上手い人もいない。生まれた後にそれぞれが行きていく中で見聞きしたこと興味を持ったもの好きだと思ったことを自分の中で昇華しながら自然に身につけたものではないかと思うのだ。
だから「自分にはセンスがない」なんて思うことはない。たまたま今まで興味がなかっただけなのだ。本当に好きで興味を持ったなら、きっとセンスは後からついてくる。