江戸いろはカルタ

文化

「犬も歩けば棒に当たる」という諺を聞いたことのある方も多いだろう。犬がブラブラと歩いていてもぶつかるくらいどこにでもあるありふれたものという意味だ。ボクが子供の頃、家に「江戸いろはカルタ」というものがあった。いろはカルタだから「いろは47文字」それぞれで始まる諺をカルタにしたものだ。

いろはの”い”はご存知「犬も歩けば棒に当たる」であり、”ろ”は「論より証拠」、”は”が「花より団子」という具合でほとんどの諺が今でも十分に通用する。もちろん江戸版だけではなく京都版も大阪版もあるらしい。お江戸では「骨折り損のくたびれもうけ」なのが京都では「仏の顔も三度」になっていたりして面白い。

しかし中でも分からなかったのは「屁を放(ひ)って尻すぼめる」だった。今になって調べてみると、人前でオナラを(失敗)したのに尻をすぼめる(隠そうとする)ことの意味らしい。確かに自分の失敗を隠して知らんふりをしようとする人はどこにでもいる。都合の悪いことには目をつむって「臭いものには蓋」をする人は永田町あたりでは普通だし、パソコンを持たせても「使ったことがない」と平気で公言する「猫に小判」の元大臣もいた。

田辺聖子さんのエッセイに「ラーメン煮えたもご存知ない」というのがあった。田辺さんが家で風邪をひいて料理も作りたくないから、相方にインスタントラーメンを作ってくれと頼んだ時の話だ。

老眼鏡を取り出して袋の裏面の説明書きを読み出し、「なになに、まずは鍋に湯を500ml沸かすのだな」「こういうものはキチンと正確に計らないと大変なことになるからな」などと言って作り始めたのだが、出来上がったラーメンはビロンビロンに伸びてしまっていたというエピソードだ。

要するにラーメンの作りかたも分からないような男どもは偉そうな口を叩くなというお話である。もちろん元は「芋の煮えたも御存じない」(世間知らず)である。

鬼に金棒、年寄りの冷や水、泣きっ面に蜂、旅は道連れ世は情け、負けるが勝ち、油断大敵、身から出た錆、知らぬが仏、貧乏暇なしなど現代でも普通に使われている言葉のなんと多いことだろう。時代は変わっても人の行動や考え方というものはそんなに変わるものではないんだなぁとしみじみ思うのである。

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