♪戸締り用心火の用心♪
子供の頃、夕方になると民放で必ず流れていたCMである。初老の笹川良一氏が年老いた母をおぶって石段を昇っていく。最後に子供達が出てきて「お父さんお母さんを大切に!一日一善!」と叫んで終わりになる。日本船舶振興会(現・日本財団)のCMだ。日本船舶振興会は公営ギャンブルである”競艇”の総元締めである。競艇の収益金をもとに福祉事業や海外協力事業などを行っている公益財団だ。やっていること自体は素晴らしいことなのだが、その原資が賭博のあがりだということでなんとなく胡散臭く言う人が多いのも事実である。
日本財団の前身である「日本船舶振興会」を作ったのが”戸締り用心~”の笹川良一氏だ。なんとも偽善的に感じてしまうのは彼が父の遺産をもとに立候補して政治家になり、株式相場などで莫大な富を築いた上に、世間では”大物右翼”などと呼ばれて悪い噂に囲まれていたからからだろう。悪い噂を払しょくするために”罪滅ぼし”として慈善事業なんかやっているのだと口の悪い人はしきりにこき下ろしていた。しかしその悪意の根源は彼が莫大な財産を持つ資産家だったからかもしれない。
子供の頃のボクは、大金持ちという人種がどれほどもものなのかを全く知らなかった。それをまざまざと見せつけられたのは大人になってしばらく経ってからだった。当時のボクはいわゆるシティホテルで宴会営業をやっていた。ホテルの宴会場を使ってもらうのである。週末は結婚披露宴でいっぱいになる宴会場も平日は企業の会議や宴会、展示会の会場として使ってもらうことになる。ある時大阪の毛皮商社が宴会場で毛皮に展示即売会をやることになった。ホテル側の担当だったボクは商品の搬入から展示状況などを確認するために会場に付きっきりになった。
展示会は3日間行われた。数千着の毛皮が並んだ会場はまさに壮観だ。毛皮は安いものでも数百万円、高いものだと10億円以上にもなるという。しがないサラリーマンのボクにはそんなものが売れるとは到底思えなかった。ところがである。展示会初日の昼過ぎにやってきたお客さんはチラッと触ったコートを試着するなりいきなり買った。5億円のコートである。そしてまた係員に何か告げるとまた別のコートを持ってこさせた。結局このお客さんはこの日だけで7着、約10億円分のコートを買った。
5億円のミンクのコートをユニクロでシャツを選ぶかのように、ホテルの展示会場に行って衝動買いしてしまうのだ。目の当たりにしたボクはあっけにとられて開いた口が塞がらなかった。何をしたらこんなに稼げるのかといぶかしく思った。そのコートは恐らくほとんど着られることもなく倉庫の片隅に置かれるだけだ。”欲しいと思ったらいくらであっても買う”、それが金持ちという人種なのである。
「絶対に悪いことしてるに違いない!」
貧乏人の考えることはせいぜいそんなところである(笑)
しかし多少の小金があるからといって「金持ちは悪人だ」と決めつけるのは貧乏人のやっかみなのだということがやがて分かってきた。ある学習塾の社長は、ボクが年末にディナーショーのチケットを持って家を訪問すると一枚20万円のチケットをポンと10枚も買ってくれた。「付き合いだよ」と笑ってお茶とケーキを出してくれたのはお手伝いさんだ。自宅には「刑事コロンボ」でしか見たことのないようなホームエレベーターがあった。しかし彼らは自分のことを金持ちだなんて微塵も思っていない。職場に帰って上司に報告しつつ「誰がこんなもの買うのかと思ってましたよ」と言ったら「お客様と自分を一緒にするな、失礼だろ!」と怒鳴られた。
恐ろしいほどの大富豪は間違いなく存在する。ボクがたまたま仕事でそのような人たちの暮らしのほんの一部を垣間見ることができたのはラッキーだったと思っている。全員が悪いことをしたから金持ちになったわけではない。生まれながらの資産家は間違いなくいるし金持ちだからといって善人になれないわけではない。子どもの頃のボクは笹川良一氏が大金持ちだと聞かされて、彼の顔がCMに出てくるたびにウソを丸めて投げつけられるような気がしていた。「騙されるな!」と自分に言っていた。だが彼は一度も罪に問われたことはなく95年のその生涯を全うしている。
一般庶民から見れば金持ちはそれだけで嫉妬の対象になる。海外では慈善活動家としてその名も高い笹川氏だが、日本での評判はいまだに低いままである。それは日本人に染み付いた貧乏根性の所為なのかもしれない。
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