マニュアルは絶対なのです

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漱石は小説「草枕」の冒頭にこう書いている。

智に働けば角が立つ。情に掉させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい

量販チェーン店には大抵は接客のマニュアルがある。飲食チェーンにもマニュアルがある。だからテレビCMで「スマイル0円!」などと言っていても、お店に行って「スマイルください」などと冷やかす客にバイトのお姉さんがアドリブで対応してくれることはない。いや、古い話だ。

チェーンストアでは、すべてをマニュアル通りにやることが絶対ルールだ。しかしマニュアル通りに接客しているとお客さんが怒りだすことがある。マニュアルには丁寧な言葉遣いで接客することが決められており、その問答集もある。お客さんとの会話はそのマニュアル通りにやらなければならない。しかし時にはマニュアルにあるセリフだけを話しているときに「慇懃無礼だ」と言われたこともある。

チェーン店とはいってもお店なので、何度も通ってくれるお客さんもいる。不思議なものでたくさんのお客さんを相手にしていても、2度目に来店したお客さんの顔は何となく覚えている。3度目ならほぼ覚えているといってもいい。お客さんから見れば店員は”あの店の店員”なので、大体が顔を覚えていることが多いが、店員から見てお客さんは大勢の中の一人とはいえ、商売柄お客さんの顔は意外に覚えている。

だから1年ぶりに2度目に来店したお客さんから馴れ馴れしく話しかけられることもある。そんな時はお客さんの顔をあまり覚えていなかったとしても「きっと前に来たことのあるお客さんなんだな」と思って接客する。でもそんな時に限って、初めて来店した単なる馴れ馴れしいだけのお客さんだったりするのだから接客は面白い。

お客さんの中には”自分を特別扱いして欲しい”と思っている人が意外にたくさんいる。レストランなどでも1度行ったことがあるだけなのに”オレの行きつけの店”だと吹聴する人はいる。いきなりお店にやって来て「いつものヤツ」などと注文するのはこのテのお客さんだ。しかしそんなお客さんには、一緒にやって来たお客さんの前でメンツを潰さないように接客することで、気持ちよくなってもらえることもある。そんな時にはルールを破って”オレ流”にやっていた。

しかしチェーンストアでは、マニュアルにないそんな接客はルール違反だ。「すべてのお客様に平等に接客すること」が定められている。だからそんな接客をしているところを、たまたま地区を巡回してきた上司に見つかれば当然怒られる。店の奥の部屋に呼び出されて「そんなことはマニュアルのどこに書いてあるんだ」と問い詰められる。そして代わりにその上司が接客に出る。しかし代わりに接客に出た上司に、慇懃無礼な言葉遣いで話しかけられた”自称常連”のその客さんは「お前は何だ!」と怒鳴り、怒ったまま帰ってしまった。

翌日、店舗巡回の上司がいないボクのお店に、その客さんはまたやってきた。お客さんの顔を見つけてすぐに「昨日はスミマセンでした」と謝ると、「あんたも苦労するなぁ」と言われた。「いえ、サラリーマンですから」とボクが言ったらお客さんは笑っていた。

とかく世間は生きにくいものである。

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