ものの道理

日々是好日

先日テレビのドキュメンタリーを観ていたら京都の老舗料亭の跡継ぎの話をやっていた。先代が急逝してしまい、店の暖簾と経営を受け継いで次の世代に残していくという使命を与えられたのだ。当然のことだが自分一人だけでその使命を全うすることなどできない。家族がいて従業員がいて同業の仲間がいて関係する業者さんがいて、それに何より今の店についてくれているお客さんあっての話だ。

店の新しい若旦那にとっては「店を守ることが何よりも大事」だという責任がある。室町時代から800年続く暖簾を守っていくことは店にとっては何よりも大切なことで、それが自分の代で途絶えてしまうことなどあってはならないことなのだろう。だから若旦那は自分の持てるすべてを店のために注ぎ込む。そしてそれを従業員や家族にも求めていく。

若旦那は「店を守るためには人を犠牲にするしかない」のだと言う。しかし店を守るには人の力が必要だ。しかも自分についてきてくれる人の力が必要だ。そのためにはまず人を大切にしなければならない。「暖簾を守るため」だと言えば聞こえはいいし大義名分にもなる。店に関係する人もそう言われてしまえば多少は自分を犠牲にしてもやらなければならないと思う。みんなも店が好きなのだ。

ホンダの創業者の本田宗一郎氏は社報の中でこんなことを言っている。

【まず自分のために働け】
私はいつも、会社のためにばかり働くな、ということを言っている。君達も、おそらく会社のために働いてやろう、などといった、殊勝な心がけで入社したのではないだろう。自分はこうなりたいという希望に燃えて入ってきたんだろうと思う。自分のために働くことが絶対条件だ。一生懸命に働いていることが、同時に会社にプラスとなり、会社をよくする。会社だけよくなって、自分が犠牲になるなんて、そんな昔の軍隊のようなことを私は要求していない。自分のために働くということ、これは自分に忠実である。利己主義だと思うかもしれないけど、そうではない。人間は人にもよく言われなければ自分が楽しくないという相対的な原理を持っている。

本田技研工業 社報 昭和44年4月

かつて勤めていた会社の社是も

まず自分のために生きよ
そして社会のために生きよ…

と言っていた。実際のところがどうだったのかには触れないが、そういうことだと思う。時には自己犠牲を払うことも必要かもしれない。しかし最後の目的は「自分のため」でなければ説明がつかない。自分を納得させることができない。自分が幸せになれなければ他人を幸せにすることなどできない。自分が幸せになるということはお金持ちになるとか権力者になるとかそういうことではない。精神が前向きで安らかな気持ちになるということだ。

店を守るということは、まずそこにいる人が幸せになれるように守っていくということがこの若旦那にはまだわかっていない。先代の女将からも諭されていたようだったが腹の底からそう思えるようになるには今しばらく時間がかかるのだろう。

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