意識を失うとき

あなたは今までに意識を失ったことはあるだろうか。意識を失うということは”意識がなくなる”ということなので「あ、今自分は意識を失ってるな」と思うこともないのだろう。実は、もうずいぶんと昔のことだがボクは意識を失ったことがある。たぶん小学校の4,5年生だったと思うが、ある日曜日の昼下がりのことだ、自宅の机の前で椅子に座っていたボクは何に前触れもなく急に意識が遠のいた。それからどれくらいの時間が経ったのかはわからない。日が傾いたりもしていなかったのでたぶんそんなに時間は過ぎていないと思う。気がついたら椅子は床に倒れておりボクは床の上に転がっていた。自分でも何が起きたのかわからなかった。たぶん椅子の上から床に転がり落ちたのだと思うが、幸いどこもケガをすることはなかった。それがボクの覚えている唯一の気を失った体験だ。

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東京オリンピックと掛けまして

先日、友人のSNSへの書き込みを見ていたら「あの人はめちゃめちゃ話が跳ぶので話題についていくのが大変」というようなことが書いてあった。話をしているときには何かの話題について述べていたり議論しているわけで、何の脈略もなく喋っているだけの人がいないわけではないけれど、話には何らかのストーリーがあることがほとんどだ。

それは趣味の話だったり、政治の話だったり、芸能人のスキャンダルだったり、自分の夢の話だったり、単なる愚痴だったりするのだが、そのストーリーには大抵同じ#ハッシュタグというか分類分けのマークがついている。それは単なる愚痴だったとしても#愚痴、#上司の愚痴、#亭主の愚痴、#部下の愚痴など様々だ。しかしそれぞれの話に”#愚痴”という同じタグが付いていれば「あれは上司の愚痴だな」と思って聞いているときに亭主の愚痴に話が展開していっても「今度は亭主の愚痴に発展していったな」と思って理解することが容易だ。

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マーケティングパートナー始めました

正面から”コンサルティング”といっても、まだ具体的な課題が見つかっていないという方が思いのほか多いようです。そこでまずは経営のこと、将来のこと、現在の事業のこと、社内のことなどをいつでも気軽に相談できるマーケティングパートナーになってみませんか?
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あなたはなぜそれを選ぶのですか?

ある日の昼下がり、午前中の得意先回りが長引いたので少し遅い時間になってからランチを食べることにした。お店を探しながら駅前の商店街を歩いているとちょっと雰囲気のいい喫茶店を見つけたので入ってみる。席に着くとウエイトレスがお水とおしぼり、メニューを持ってやってきた。周りを見るとどうやらミックスフライ定食が人気のようだ。しかし僕は昨夜もアジフライを食べたので今日は生姜焼きを食べたい気分になっている。その時、隣のテーブルに偶然運ばれてきたミックスフライと生姜焼きが目に入った。なんとミックスフライには大ぶりのカキフライが2個も入っている。そしてエビフライも予想以上に豪華だ。これで780円はかなり魅力的だ。

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『予想通りに不合理』

学校の数学で方程式の勉強をするときに代数を使った経験は誰でもあるだろう。たぶん中学生や高校生くらいの頃の数学だったと思う。
a=b や y=(x+3)(x-2)
のような式だ。a=bかつb=cならa=cであるというような三段論法の定理としてもお馴染みだ。ついでに言えば”x=3ならxは3と同じ”だということになる。ここまでは納得してもらえるだろうか。いや、バカにしているわけではない。しかし中には「xは”文字”で3は”数字”なんだから同じ訳ないじゃないか」という人もいる。a=bだって「aとbは違う字なんだから同じはずがない」と言う。「a=bだというならbはいらないじゃないか」という。aだけあればいいという。うーん、それも一理ある。

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幸福の泉

先日受け取ったメールマガジンにこんな言葉があった。

幸福の泉水は心の中から湧き出るものである
人が幸せを感じるいわば幸福感といったものは
思考や感情の内側から湧き出てくるものだ
いつまでも幸福でいたいなら自分の心を養わなくてはならない
興味深い考えやアイディアで心を満たさなくてはならない
なぜなら空虚な心は幸福ではなく快楽を追い求めるからだ

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功徳を積むこと

最近の先進諸国といわれている国では”自分ファースト”流行りだ。社会が、いや経済が世知辛くなれば誰だって自分のことしか考えられなくなる。自分さえよければ他人のことなどどうでもいいと思う。昨今話題になっている”ふるさと納税”にしても、その地域が好きだったり応援したいという気持ちで寄付している人など一握りだ。得をしたいのだ。自分が住んでいる自治体の税収が減って公共福祉の予算が減ろうが自分が得することだけしか考えていない。そんな人に限って自分の住んでいる自治体に対して子育て支援や介護福祉の充実を強く求めたりする。しかしそのための予算は自分のせいで関係のない他の自治体に流れている。自分で自分の首を絞めて全く気付いていない。まぁいい、悪いことをしているわけではない。考え方は人それぞれだ。

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相手を騙す乗用車

道路を歩いていて気になることがある。交差点を左折してくる乗用車がほとんどすべてセンターラインをオーバーして反対側の車線にはみ出して曲がってくるのだ。それは決して狭い道でのことではない。道幅が10m近くある道でのことだ。対向車線に飛び出しているくせに左側には2mもの隙間が空いている。下手くそな初心者ドライバーレベルの運転だがほぼすべての車はそうやって曲がってくる。よく見ていると交差点で左折する前の直線道路では左車線を走っているのに左折の直前でハンドルを右に切って道路の中央や右側の車線にはみ出している。

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優しいトルコ人

「エルトゥールル号」の話は近年になって日本でもマスコミが取り上げるようになって人々の知るところとなった。念のため触れておくと、1890年(明治23年)に明治天皇に謁見するために日本を訪れていたオスマントルコの使節団が乗ったエルトゥールル号はイスタンブールに帰る途中、折からの台風で和歌山県沖で座礁して爆発沈没した。600人もの乗組員が夜の海に放り出されたが、その中の何人かが泳いで灯台までたどり着いたところを灯台守に助けられた。それを知った地元の住民たちは漁民として同じ船乗りを助けるべく必死で救護にあたったのだという。その結果70名ほどが助け出され、その後助け出されたトルコ人たちは日本の軍艦によってイスタンブールまで送り届けられた。

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人手と人材

最近何かとマスコミが話題にしている児童虐待事件から政府は早急な対策を求められている。社会的に周知が進んでマスコミが大騒ぎするようになったために通報される件数が増えて事件が急増しているように感じられるが、児童虐待自体は昔から変わってはいない。しかし多くの人が関心を持って悲惨な事件を少しでも防ぐことができるのならそれはいいことだと思う。一方で政府の示している対策は旧態依然としており抜本的な対策とは程遠い。自分の子供に対する体罰の禁止は実効性を別にすればいいとしても、児童相談所の数を増やそうとしたり体制を強化するというのは何を示しているのだろう。

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