客観的な基準が大切です

暑くないから夏でもエアコンを掛けないという人がいる。室温は32℃。暑くないと感じているのはやせ我慢でも何でもないのかも知れない。しかしだ、暑いと感じていないのは脳だけなのかも知れない。

不当な差別や隔離政策で問題になっていたハンセン病。空気感染したりすることはないということはわかったが、実際に発症した人は治癒した後でも皮膚の熱に対する感覚に後遺症が残ることがあるらしい。要するにやけどするほど熱い熱湯に全身が浸かっても熱さを感じないのだという。
しかしタンパク質は概ね65℃を超えると熱変性を起こす。本人が熱いと感じていなくてもひどい火傷を起こして命を落とすこともある。
逆に言えば生命の危険があることに対して私たちの体は痛い、熱い、疲れたなどと感じて脳に対策を考えさせようとする。それがそういった刺激が入ってきても脳が反応しなければ対策しようと思わずに体は蝕まれ続けやがて命を落とす。 “客観的な基準が大切です” の続きを読む

ケツカッチン

先日は西日本で大規模で広範囲な豪雨災害が発生して200人以上の方が犠牲になりました。この場を借りて謹んでお悔やみと、被害に遭われた方にお見舞いを申し上げるとともに一日も早い復旧と復興を願っています。

近年、日本列島では毎年のように台風や低気圧、前線などによる豪雨や洪水、土砂崩れなどの災害が発生しています。災害の発生が予想される際の気象庁や各自治体の避難情報や警報も段々と変わってきていて危険度や緊急性の高い事態が起こりそうな時に発表される「特別警報」などというものもできました。これらの周知にはまだ課題があるようですが一定の評価は出来ると思っています。ただ問題はそれを発表するタイミングではないでしょうか。 “ケツカッチン” の続きを読む

想定外だったこと、ありますか?

東北の大震災でフクシマの原発が事故を起こした。事故そのものも大変な被害と損害を出し続けているが、一方で原因の究明ということになると直接原因は想定外の大津波ということになってその先に議論は進まない。大津波が想定できたのかできなかったのかは結局のところ水掛け論のまま終わるような気がしている。
責任論からいえば想定内だったのか想定外だったのかは大きな問題だが、言ってしまえばもう起こってしまったことだ。元に戻すことはもうできない。覆水盆に返らずなのだ。 “想定外だったこと、ありますか?” の続きを読む

考える人

かつて通っていた小学校の正門の横には「考える人」と題したブロンズ像があった。その小学校は当時でも創立100年を迎えるような明治時代初期に建てられた学校で、木造平屋建てや2階建ての校舎が建ち並ぶ古い学校だった。
戦時中の横須賀は「終戦後は自分たちの軍事拠点に使おう」というアメリカ軍の思惑から空襲を受けることがなかった。そのおかげもあって古い木造校舎は焼け落ちることなく戦後の時代まで残った。戦前「考える人」の像の場所には薪を背負って本を読む二宮金次郎の銅像が建っていたらしい。ただこれはご多分に漏れず日本軍に戦時物資として供出されたため、戦後になって進駐軍の指示でロダンの「考える人」の像が建てられたらしい。 “考える人” の続きを読む

ルーティーン

ちょっと前にラグビーの五郎丸歩選手の”ルーティーン”が有名になった。トライした後のゴールキックの前にやるお決まりの一連の動作だ。
他のスポーツ選手でも普通の人でもいつも決まったタイミングで決まった動作をすることがある。テニスの世界的トッププレイヤーであるスペインのラファエル・ナダル選手は、いつも飲みかけのボトルをコート脇の自分のベンチの前に”ラベルをきっちり前に並べて”置いている。ちょっとでもズレていると気になるらしい。これをルーティーンという。縁起を担ぐ意味もあるのだろうが、いつも通りの決まった動作をすることでいつも通りの動きを引き出す作用があるというのだ。 “ルーティーン” の続きを読む

ビッグアイデアだけがアイデアではない

ある日、ふとした拍子にひらめいたアイデアでずっと解決できずに悩んでいた問題が一気に解決した、なんて経験はないだろうか。ボクは今まで生きてきた中で何度かそんな経験をしたことがある。そのひらめきで悩んでいた問題は解決してしまったので、残念ながら何に悩んでいてどうやって解決したのかはすっかり忘れてしまったが、少なくとも1~2回はそんな事があった。 “ビッグアイデアだけがアイデアではない” の続きを読む

感度のいい人

ある深夜のこと、部屋の壁にかけてあった姿見の鏡が大音響とともに床に落下した。幸いベッドの上に倒れたので割れずに済んだ。何の前触れもなく突然落ちたのでビックリした。原因は鏡を吊るしていた紐の結び目が緩んで解けてしまったことだった。固く結んだつもりだったので結び目が解けるなんて思いもしなかった。 “感度のいい人” の続きを読む

雨男と晴れ女

古い友だちに「風神様」と呼ばれていた女の子がいる。でも最近は呼ばれていない。本人に訊けば風神様はもう卒業したのだという。彼女が沖縄に行けば沖縄が台風に直撃されアフリカに行けばアフリカが暴風に見舞われるという。アフリカ大陸が全部暴風になったら一大事だが、人はそんな彼女を「風神様」と呼んで恐れていた。一緒に旅行に行くのはよしておこうと(笑) “雨男と晴れ女” の続きを読む

ラジオは友達

夢中になってラジオの深夜放送を聞いていたのは中学生の頃だろうか。当時、オールナイトニッポンという番組があって(今でもあるらしい)落語家の笑福亭鶴光さんや松山千春さん、中島みゆきさん、タモリさんといった今となってはそうそうたる人たちがそれぞれの曜日を担当していた。番組は2部構成で1部は午前1時から、2部は午前3時から5時までだった。さすがに毎日2部を最後まで聞いていると翌日学校に起きられなくなるので週に1回程度だったがよく聞いていたものだった。 “ラジオは友達” の続きを読む

やっぱりそれも誰かのせいですか?

最近マスコミではマイクロプラスチック問題が大きく取り上げられている。マイクロプラスチックとは、日常生活で使われた、主に使い捨てられたプラスチック製品が分解されないまま微細な粒子にまで砕かれて世界中の海洋に漂っているゴミのことである。一説では年間に世界中で1000万トン以上のプラスチックごみが海洋に流れ出ていると言われている。これらは紫外線や波風等によって脆く崩れやくくなり微細な粒子となるが、プラスチック自体は分解されることなく海の中を漂い続けることになる。これを海洋生物が摂取するとその体内に蓄積され、最終的にそれを食べた家畜や人間の身体や細胞に蓄積されてしまう。 “やっぱりそれも誰かのせいですか?” の続きを読む