テイクアウト

テイクアウト、言わずと知れた「持ち帰り」のことだが実はもともと英語ではない。いわゆる和製英語というやつだ。それでもまぁ通じるのだから日本人の英語としてはどうでもいい。先日のNHKの英語関連番組でも「テイクアウトは英語でもTake out、そのままですね」と言っていたが、英語では持ち帰りのことを普通”Take out”とは言わない。一般には”to go”や”take away”だ。

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やるべ

ボクは小学校から30過ぎまでを神奈川県の横須賀市というところで暮らしていた。幼稚園までは平塚や藤沢に住んでいたのだが、小学校に上がるときに引っ越した。小学校に行くまでは当然友達もいなかったが、学校に通い始めるとすぐに友達が増え始めた。

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いいものはいいね

「クラッシック音楽が好きだ」などというと「スカした気にくわないヤツだ」と思われるから誰にも言ったことはないが、ボクは割とクラッシック音楽が好きだ。交響曲も協奏曲もオペラもピアノの独奏でも好きだ。ベートベンもワグナーもリストもショパンもブラームスも好きだ。クラッシック音楽は静かで気分が落ち着くから好きだという人もいるが、ボクはただ”カッコいい”から好きなだけである。

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目には目を

「目には目を、歯には歯を」は古代バビロニアのハンムラビ法典にある言葉だと言われている。3700年以上前にできた法典だ。現代ではこの言葉を「悪いことをしたら厳罰をもって報いよ」という意味で使われることが多いが元は、犯した罪と同じ罰を与えよという意味で「倍返しだ!」ということを慎めという意味だったとも言われている。その意味では公平性を担保しようとした法だったのかもしれない。

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江戸いろはカルタ

「犬も歩けば棒に当たる」という諺を聞いたことのある方も多いだろう。犬がブラブラと歩いていてもぶつかるくらいどこにでもあるありふれたものという意味だ。ボクが子供の頃、家に「江戸いろはカルタ」というものがあった。いろはカルタだから「いろは47文字」それぞれで始まる諺をカルタにしたものだ。

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しゃべるな!

先日、アメリカの大統領選挙に立候補しているトランプ氏とバイデン氏のテレビ討論会の中継を見た。結論から言えばとても”討論”と呼べるものではなく、とても大統領候補同士のディベートとは言い難いものだった。最後には「お前の母さんデベソっ!」というような捨て台詞の応酬である。これが今のアメリカである。情けない国に成り下がったものだと思った。

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トイレの神様

ちょっと前に「トイレの神様」という歌が流行った。子供の頃、一緒に暮らしていたおばあちゃんに「トイレを綺麗にしているとべっぴんさんになれる」と言われたので、嫌いだったトイレ掃除を毎日してトイレをピカピカにするようになった、というような歌詞だったと記憶している。

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自業自得と自己責任

アメリカのトランプ大統領が新型コロナに感染して発病し、入院したのだというニュースが流れてきた。今まで本人は「コロナなんて大したことない」とか「俺はマスクなんてしなくたって大丈夫だ」といった発言を多くしてきただけに、今どんな思いでいるのだろうかと興味がないと言えばウソになる。

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聖子ちゃんが青春だったころ

ボクらの世代にとって松田聖子は、いや聖子ちゃんは青春の思い出そのものだ。中学生の頃はキャンディーズが流行っていたから聖子ちゃんは高校生の頃だと思う。当時、女の子のほとんどはいわゆる「聖子ちゃんカット」と呼ばれた髪型をしていたし、男子はあの「ぶりっ子」な笑顔に骨抜きにされていた。

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遠慮の文化

「立ち入ることはご遠慮ください」という看板をあちこちで見かける。「遠慮とは」辞書を引いて見ると、「控えめにすること」「慎み」とある。子供の頃から釈然としなかった。遠慮とは自分からするものだ。誰かに言われてするものではない。だから「ご遠慮ください」などと言われると「イヤだね」と憎まれ口の一つも叩きたくなる憎たらしい子供だった。

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