自分でなければできないこと

仕事がデキる人はいつも忙しい。だからといって忙しそうな人が必ずしもいい仕事をするわけではない。忙しそうに見える人は忙しがっているだけのことも多い。いや、そんな話をしたいのではない。仕事がデキる人の周りには自然と仕事が集まってくる。誰だっていい仕事をしてくれる人に仕事を頼みたいのだから当然である。

ところがデキる人は自分が常に忙しいことをあまり苦にしていない。仕事の筋道と結果が見えているのでその通りにこなしていくだけだ。学生時代の試験だってその最中に答えが頭のなかに湧き上がってくるなら試験がさぞ楽しく感じられたことだろう。筋道が明確に見えていて思い通りの結果が得られるならこんなに楽しいことはない。問題は時間が足りないことだ。試験なら要領よくやれば概ね時間内に終えられるように作ってある。ところが仕事には際限がない。要領よくこなせばこなすほど仕事は加速度的に増える。人間である以上どんなにデキる人にも限界がある。

デキる人は他の人に仕事を任せようとしない人が多い。「この仕事を誰に任せられるか」を考えた時、自分と同等の能力がありそうな人を探す。デキる人の能力の源泉は、自分が今まで長い時間をかけて身につけてきた能力である。簡単には見つからない。代わりになる人を養成しようにも自分が今の仕事を続けながら養成しなければならない。そんな時間があるのか?「ダメだ!やっぱり自分でやったほうが早い!」という結論になってまた仕事を抱え込む。

お金は使ってしまえばなくなってしまう。時間も使ってしまえばなくなってしまう。お金は投資して誰かに増やしてもらうことができる。しかし時間を増やすことはできない。デキる人は作業を効率化をして既にムダな時間を省いている。これ以上にムダを減らすことは難しい。時間を増やすには…。自分じゃなくてもできることを他の誰かに代わってもらうことができれば空いた時間を別のことに使うことができる。しかし代わりの人はいない。いない?本当にいないのか?
自分は代わりの人を作り出すのにどれだけの時間を割いただろう。「言って聞かせて、やって見せて、やらせてみせて、褒めてやらねば人は動かじ」とは昔から言われている。自分はそのことにどれだけの努力をして時間を割いただろうか。

僕は以前にコールセンターのマネージャーをしていたことがある。コールセンターは基本的に24時間動いている。「誰かにやってもらう」ことで業務は動いている。
ある時、某銀行とクレジットカード会社のキャンペーンの実証実験という仕事が入ってきた。得意先と数カ月に渡ってキャンペーンの概要、データベース設計、運用設計などを決めて実運用が始まった。コールセンターの運用はマニュアルを作って現場の派遣社員に落とした。ところが実証実験なので突発的な変更やトラブルがしばしば起こった。緊急対応はマニュアルも作れず現場の作業ベースに落とし込めないと判断して自分一人でカバーすることに決めた。3ヶ月もすれば実証実験は終わる。それまでの辛抱だ。ところが緊急事態はのべつ幕なしに起きた。家に帰る時間も食事をする時間も寝る時間もなくなった。そんな生活が1ヶ月も続いた頃、派遣のスタッフたちに「そんなことしてたら死んじゃいますよ」と言われた。でも…。「私たちに教えてください。交代でやります」。でも…。
緊急対応のレベルは下がってもいいと他の社員に任せて、腹をくくってスタッフの養成をすることにした。派遣のスタッフたちは猛烈に勉強した。データベースなんて見たこともないと言っていたのが1週間もするとパターン化した設定ならできるようになった。2週間も経った頃には得意先との打ち合わせや交渉まで任せられるようになった。素晴らしい進歩だった。

他人には任せられないと思っていることも、自分がやるために必要な時間の300倍の時間を掛けて教えれば出来るようになると言われている。自分が10分掛かる仕事なら3,000分、50時間だ。自分が10分でできる仕事を教えるのに50時間を掛けたことがあっただろうか。恐らく1度教えてやってみせて… それで失敗すると「やっぱりムリかな」と思う。自分がそれを習得するのに10分でできただろうか。いやもっともっと長い時間がかかったはずだ。ほとんどの人は50時間も掛からないで完全に習得するだろう。いやその仕事に関しては自分がやる以上の能力を身につけるはずだ。
それが人に任せるということだ。そしてそのためにかけた時間は未来の自分の時間への投資なのだ。自分の代わりになる人を作り出すことでパフォーマンスは格段に向上する。一度だけ300倍の時間をかけて教えれば、次からはその人が自分よりもうまくやってくれる。

養成したコールセンターのスタッフ達は他の派遣社員にはないスキルを身につけた。僕がコールセンターを去り、その後、実証実験が終わってビジネスタームになってからも特別チームとして活躍していると聞いた。人を育てることは本当に難しい。でも300倍の時間を掛けるつもりで取り組めば、きっと得られる何かと将来の時間を手に入れられるのだと思う。