君はサンマーメンを見たか

子供の頃の我が家の唯一の外食はデパート食堂だった。それは平塚の梅屋だったり藤沢や横須賀のさいか屋だったりした。当時のデパートは最上階に展望食堂があり、受付で食券を買ってから大きな円卓に大勢が相席して食べる形式だった。当時から「お子様ランチ」というものもあったが、どういうわけか我が家ではお子様ランチを注文することが許されておらず隣の席の子供の食べているお子様ランチの日の丸を恨めしく思いながらハイカラなスパゲティ・ナポリタンなんぞを食べていた。

そんな中で大人、特に中高年女性に絶大な人気を誇っていたのがサンマーメンである。トロミのついた野菜炒めが上に乗ったラーメンだ。僕の好みではなかったのでその後もついぞ注文することはなかったが、中高年女性の85%はサンマーメンを食べていた、ように思う。
やや大きくなって学生時代に街中の食堂(ラーメン屋というものはあまりなかった)に入ってもメニューには必ずラーメンの隣にサンマーメンが並んでいた。しかし僕らは幼児期の刷り込みで「サンマーメン=オバサンの食べるもの」という先入観が抜けることはなかった。だから友達がサンマーメンを注文しようものなら「そんなババァみてぇなもん頼んでんじゃねーよ!」などと罵倒されたものである。

あれから30年。僕の深層意識の中には「サンマーメン=中年オバサン」というリレーションが常に残っていた。
そんな折にふと見たテレビ番組の中でタレントの所ジョージさんが「サンマーメンは横浜オリジナルだ」と言い放っていた。更にサンマーメンは神奈川にしかない、とまで言っている。え?サンマーメンって全国でオバサンが食べてるものなんじゃないの?じゃあオバサンは日本中で何を食べてるの???

ショックだった。「横浜オリジナル」いうところが特にショックだった。横浜といえば我ら田舎育ちの神奈川県民には逆らうことなど許されない大都会だ。神奈川県民、心のメトロポリタンだ。横浜からやってきた転校生が「マックでさぁ」と言えばさっきまで「マクド」と言っていた地元のモテ男まで「日曜はマック行こうぜ!」などと豹変する程の破壊力を持った街だ。しかもその発祥は中華街の老舗「聘珍樓」だという。まさに「本物の横浜」だ。聘珍樓が大正時代に世に出したサンマーメンを僕ら田舎の子供は「オバサンの食べ物」と蔑んでバカにしていたのだ。なんと恐れ多いことをしてしまったのだろう。今、心の底からサンマーメンにお詫びを申し上げたい。

三つ子の魂百まで、とはよく言ったものである。子供の頃の刷り込みはそうそう簡単に抜けるものではない。だからといって幼児教育が初等教育がと言うつもりはない。だが偏見は良くない。心が荒むのだ。これからはフラットな視線で世の中を見つめていかなくてはと大いに反省している。少なくとも50年間を僕は深い偏見の中で生きてしまったのだ。