新年明けましておめでとうございます。
本年もつまらない与太話にお付き合いいただきありがとうございます。

一昨年の初めから拡大した新型コロナウイルスの感染拡大で色々な場面に大きな影響が影響が出ているなか、この年末年始は新規感染者も比較的落ち着いていたせいか10月頃から経済や人々の活動も活発になってきたように思います。ボク自身、実家は弟が継いだので取り立てて帰省する場所もなく自宅でオンライン年越しパーティーをやっただけの静かな年越しになりました。

コロナ感染が拡大した2年前からそうでしたが、家に籠っていると必然的にネットやテレビを見る時間が増えます。特に年末年始は「お正月特番」ばかりの番組構成になってしまい、ニュースはほとんど放送されません。ネット飲み会でも集まったメンバーが口を揃えたのが「テレビはニュース日照りだね」でした。それまではクドいほど連呼していた「今日のコロナ感染者は…」というセリフもパッタリと聞かれなくなりました。

その代わりに放送されるのがバラエティ番組と再放送の編集番組です。ボク自身、普段からほとんどテレビドラマを見ることがないので再放送されてもどんな内容なのかさっぱりわからず興味も湧きません。そこで害も益もない「孤独のグルメ」のような当たり障りのない番組の再放送が流しっぱなしになります。「路線バス乗り継ぎ旅」や「孤独のグルメ」は時間潰しに最適です。

なぜボクがテレビのドラマをほとんど見ないのかといえば、端的にいえばストーリーの設定があまりにも非現実的で興味が湧かないというのが一番かもしれません。今の若い世代の人たちには面白くてハラハラドキドキの設定なのかもしれませんが、ボクくらいの歳になった人にとっては「なんかどこかで出会った光景」なのに現実離れした非常識な行動ばかりが目につくのではないでしょうか。それはドラマを作っている人たちと見ている側のボクとの経験や認識の違いなのでしょう。彼らがスリリングに感じていたとしてもボクにとっては退屈で見るに堪えないものに映るのです。

自分が経験してきた実際の現場と比べると非常識なことが多いのはどうしてなのでしょう?それは三流のお笑い芸人が観客を無理に笑わせようとして独りよがりのギャグを繰り出した挙句に誰にも共感されずにスベってしまう状況にも似ています。だからそれを前提にしたストーリーを見ても面白くないのです。

そして最後には必ず取って付けたように不自然な「お涙ちょーだい」のラストシーンが付いてきます。感動の涙はお決まりのストーリーの中から生まれてくるのではなく、自分の経験や信条から共感できるものを見つけ出すことができてこそ心を動かされるのであって、お決まりの「泣かせるシーン」を組み込んだからといって泣ける物語になるわけではありません。ストーリーの終盤になるとお涙ちょーだいの展開が見えてしまう今のドラマにまったく心が動かされないのはボクだけなのでしょうか?