緊急事態宣言が出るたびに飲食店の時短だの酒類提供中止要請が出たりしている。「なんで飲食店だけが標的に」という人もいるが、それ以外の店も標的にすれば飲食店は救われるのだろうか。ボクにはそうは思えない。「なんで俺たちばっかりいじめるんだ。他の奴もいじめろ!」と言っているようにしか聞こえない。他の奴も泣けばちょっとは気が晴れるのだろうか?肝っ玉の小さい話だ。

それはさておき、みんなで集まって大騒ぎしながらマスクもしないで宴会をすることは、確かな根拠があるわけではないが感染拡大に一役買っている可能性は濃厚だ。少なくとも大人数が濃厚接触をしているのだから…。そうするとそれは外食に限ったことではない。外で飲めないなら酒を買ってきて家に集まって飲めばいいと考えるのは普通だ。

そのうちに「家でも飲むな」ということになるのだろうか。「酒類一切販売禁止!」なんてことになったら過去のアメリカにあったという「禁酒法」のようだ。ボクは「アンタッチャブル」という映画をケビン・コスナー主演でショーン・コネリーが出ていた映画しか知らない。アンディ・ガルシアが駅で拳銃を構えて(日本語で)「カンペキです!」と言っていた(ような気がする)場面しか思い浮かばない。あれは吹替えだったのだろうか?

すると今度のアル・カポネは誰になるのだろうか?総理大臣?東京都知事?誰がやってもあのロバート・デ・ニーロの貫禄と迫力は出ないような気がする。そんなことはどうでもいい。

もっともボクはもうタバコもやめたし、最近では酒にもさほど執着しなくなったので、法律で禁止されたらそれまでの話で別にどうでもいいと思っている。タバコも街中で吸える場所が少なくなってきたときに、毎回喫煙所を探す時間の無駄がバカバカしくなってやめてしまった。酒も手に入らなくなればやめてしまえばいいだけの話だ。もう今まで充分に飲んだ。

歳をとるということはそうやっていろいろなものに執着しなくなっていくということなのだろうか?一説によると、男はハ・メ・マラの順にダメになっていくのだという。幸いボクは歯はなんとか無事を保っているが目は老眼が進んで小さい字などメガネなしではまったくと言っていいほど読めなくなってしまった。あっちの方はご想像にお任せするがひと頃の勢いもなくなっている。

最後は酒もタバコも、あらゆる煩悩から解き放たれて真の自由人になれるのだろうか。それが悟りを開くということなのだろうか。宗教には特別な執着もないが、そうやって人生を生きていく中で起こることを冷静に見ていくことが宗教というものの成り立ちだったのかもしれない。とお下品になりそうだった話を上品ぶってまとめてみました。