先日、大滝詠一のことを書いたのだが、そのことを考えていたら「はっぴいえんど」のことを思い出した。はっぴいえんどは大滝詠一がかつて細野晴臣や松本隆らと作っていたバンドで、ボクが小学生の頃には解散してしまっていたのでリアルタイムでは知らなかった。

活動中から岡林信康、松任谷正隆、山下達郎などとも親交があり、日本のポップシーンに大きな影響を与えた。その後、細野晴臣はイエロー・マジック・オーケストラ(YMO)を結成して大ヒットを飛ばしたりしていたことはつとに有名である。学生の頃にカーステのBGMで大滝詠一などを聞いていたことは以前に書いたが、実は「はっぴいえんど」の名前を聞いたのは大滝詠一との関連ではない。

高校生の頃、レコードの録音スタジオのミキサーになりたかったボクは吉野金次さんというスタジオミキサーの書いた「ミキサーはアーティストだ!」という本を読んでいた。吉野さんは戦後まもなくの生まれで、東芝EMIのミキサーから独立して新宿御苑近くで「テイクワン」というレコーディングスタジオをやっていた。東芝EMIといえば当時日本ではビートルズのレコードを出していたレコード会社だ。吉野さんは東芝でビートルズから大きな影響を受けたそうである。

その吉野さんが若い頃、はっぴいえんどと仕事をしていたらしい。聞いた話だが、その頃の日本のフォークやロックの世界ではそんな人たちが影響を与え合いながら発展してきたのだという。その中から出てきた松任谷正隆(ユーミンの夫)だったり山下達郎(竹内まりやの夫)だったり松本隆(超有名な作詞家)は今でも日本のポップシーンの先頭を走り続けている。

別にボクはそんな人たちと仕事がしたくてスタジオミキサーを目指していたわけではなかったが、その後、紆余曲折があって専門学校にも行かずミキサーにはなれなかったが、人生は一つの分岐点で違った選択肢を選ぶことで大きく変わっていく可能性があるのだろう。もっとも「どちらを選んでも結果は同じだった」ということがないわけではないが、ボクにとってはあれが大きな分岐点の一つだったのではないかと思っている。