テレビでオリンピック選手を見ていると、物凄い緊張感の中でも奇跡的な成功を収めて表彰台に上る人がいる。そんな感覚はボクのような凡人には想像もできないが、何年もその道一筋だけに集中して努力・鍛錬してきた選手にしてみれば、最後の集大成ともいえる本番を前にしてどういう気持ちでいるのだろう。今までの成果を存分に発揮して悔いのない成果を残して欲しいと願うばかりだ。

でもボクの人生の中では、大きな分岐点にやってきた時には結果は必ず悪い方に外れてきた。思い出しても良かったことはほとんどない。あまり覚えていないが、幼稚園の学芸会でも肝心なところでセリフが出てこなくてお芝居が台無しになったと聞く。学生時代も女の子に告白すれば必ずフラれたし試験では必ず失敗して不合格になった。

「努力は必ず報われる」と金メダルを取った選手は言う。でも凡人にとってはそんなことはない。努力しても報われないことは山ほどある。いや報われることなどまずない。

と言うと「努力が足りないからだ」と言われる。たぶんそうなのだろう。いやきっとそうに違いない。もっともっと努力し続けていたら成功したのかもしれない。「努力が足りない」と言われれば「じゃあどこまで努力すれば報われるんだよ」と口答えしたくなるが、「英和辞典が擦り切れるほど勉強したのか?」と問われれば、目の前にある辞書は大して手垢すら付いていない。

でも生きてきた時間が長くなると、いつの間にかそれが普通になって慣れっこになった。試験は落ちるもの、電車は乗り遅れるもの、上司には怒られるもの、給料は下がるもの、職場はクビになるもの、女の子にはフラれるものと思っていれば大体間違いはない。まれにもっと悪いことになる場合もあるが、最初からうまくいくと思っているより精神的なダメージは少なくて済む。だから今では人生でうまくいくことなどまずないのだと思うようになった。

時々、「今まで失敗したことがない」というエリートがいる。凡人から見れば「自分が失敗したことに気付いてないんじゃないの?」とやっかみのひとつも言いたくなるが、それはそれでポジティブで羨ましい明るい性格なのかもしれない。

でももし本当に失敗したことのない人がいるとしたら、失敗に対する精神的な耐性がないのではないかと心配になってしまう。最初に失敗したときにうけるショックは大きいものだ。でもそんな人は失敗した時にも必ず助けてくれる誰かがいるのだ。だから失敗に耐える必要がない、やっぱり羨むような人生を送っているのかもしれない。