人の話を聞かない人は多い。それは頑固ということではない。物理的に他人の話に耳を傾けないのだ。その大きな原因は自分が喋り続けることにある。当然ながら自分が喋っている間は他人の話は耳に入らない。耳に入らないから頭にも届かない。自分が喋りたいことだけを一方的に垂れ流す。

一般に話を聞くことが下手な人は自分ばかりが喋り続ける。「誰かと話すのが苦手なんです」という人ほど自分が喋り続ける。会話は話のキャッチボールだ。相手の話を聞いてから自分の意見を述べることの繰り返しで会話は成立する。相手が喋り続けていたら会話にはならない。でもそんな時にはボクは諦めて相手が話し終わるまで聴き続けることにしている。

ある時は相手が40分も話し続けたこともあった。同じ話を何度も繰り返して話し続けるのだが、黙って聴き続けた。いや途中からはほとんど聞かずに相槌だけを打っていた。その人は最後に「自分ばかり話してしまってすみませんでした」と言ってすっきりした顔をして帰って行った。話を聞くことで相手の気持ちがよくなるならそれでも良いと思った。

こちらが話をしようを思ってものべつ幕なしに喋り続ける人にはこちらが口を挟む隙がない。無理に割り込もうとすれば大声で相手の話を遮ってこちらの話をするしかないが、そんな人はどうせこちらの話なぞ聞いていないのでこちらも無理に話そうと思わない。体力と時間の無駄だ。だから「もういいや」と思って黙っていることにする。

自分の話を聞いて欲しがっている人は、一旦話し始めると10分も20分も延々と喋り続ける。歳を取ればとるほどその傾向は強くなる。若い人が「俺が俺が…」とでしゃばってくることはあまりない。いやただ遠慮しているだけかもしれない。ちょっとした好きに話を向けると意外に喋りだす事もある。人は基本的に自分の話を聞いて欲しいと思っている。

だからその人が喋り続けることで気分良くなってくれるのならそれでいいと思っている。同じ話を繰り返し話すのは仕方がない。話のネタはそんなに多くないのだ。同じことを延々と繰り返しながら喋り続けられると途中で話を聞く気も失せてしまうが、同じ話でも聞く方が違うシチュエーションを考えながら聞いていると意外と飽きずに聴ける事もある。ただほとんどの場合は3度目からはほとんど聞いていない。

そんな人は自分が喋り終わると「私、ちょっと忙しいから…」といって席を立つ。だからそんな人はいつまで経っても人のことがわからない。

あるお母さんに「うちの子供が考えているよくわからない」という相談を受けたことがある。「私の言うことを全然聞かない」と言う。だから「お母さんはどれくらいお子さんの話を聞いていますか?」と言ったら、「私の相談は、子供が話を聞いてくれるようになるにはどうすれば良いかと言うことです」と言われた。その人は自分がいかに子供のことを考えているのかということを1時間も話し続けて帰って行った。

話の間に「間(ま)」を入れることには2つの意味がある。一つは落語などでよく言われるように話しに緩急をつけて面白可笑しく、かつわかりやすくするという目的がある。
もう一つは話自体とは関係なく、相手に口を挟ませるブレーキングタイムである。

会話はconversationはお互い(con)が向き合う(vert)という意味のラテン語が語源と言われ、独演会(スピーチ)ではない。相手の話を聞いてそれに自分がそれに対して意見を述べることで成り立つ。会話が苦手でも誰かと話がしたいなら、まず相手の目を見て話をちゃんと聞くことから始めたらいい。