「バカにするな、まだ老いぼれちゃいない!」とムキになる人がいる。さすがに若い人たちには自分たちに”若い”という優位性があるからそんなことは言わないが、中年から高齢者になるとその傾向は顕著だ。特に自分より明らかに年下の人から”老い”を非難されるとムキになって反抗する。

でも他の人から見れば明らかに老いぼれていることだってある。
数年前に東京・池袋で高齢者の自家用車が暴走して横断歩道を青信号で渡っていた若い母親と幼い娘が轢き殺されるという痛ましい事故があった。運転していた容疑者の高齢男性はいまだに「俺は悪くない、車が勝手に暴走した」と主張しているという。

冷静に考えれば同じ車が日本中で何百万台と販売されているにもかかわらず、同じような事故が起きていないことを考えれば無意識の「アクセルとブレーキの踏み間違え」の可能性が非常に高い。検証結果もそれを示している。

「物を落とす」という行為ひとつとっても老いが見えてくる。手から物を落とす原因は、 ・手の筋肉や関節の衰え ・老化による指先(皮膚)の乾燥などに加えて、自分の行動(四肢の動き)を管理できなくなってきているということもある。

「コップを掴もう」と思ってもコップを掴むまでの自分の手の動きを見ていなかったばかりに、置かれているいる位置を勘違いして掴み損ねて落としてしまうこともある。自分の手はもっと離れたところを通るはずだったのに、目算を間違えてコップを落とさないまでも手を引っ掛けて倒してしまうかもしれない。

そんな失敗をしたときにあなたはどう思うだろうか?
「あーあ、割れちゃった」と残念に思うだけだろうか。「どうして最後に手がコップを掴むまでをしっかりと見て確認しなかったのだろう」と思うだろうか。ここに老いを「自覚している人」と「気付いていない人」の違いがある。普段の些細な自分の体の動きから、徐々に衰えていく自分の身体や脳を意識できる人とできない人の違いである。

最後までしっかりと確認しないのは老化による脳の衰えもある。”ちゃんとしない”のは正しく老化現象だ。「面倒くさい」と感じるのも老化現象だ。これは若い人でも変わらない。身体は若くても精神は老化している。

横断歩道で信号を見ないで道路を渡ろうとする高齢者は後を絶たない。横の信号機が黄色になったから自分の前の信号機は青になるはずだ、と勝手に判断して青信号を確認することをせずに歩きだす。瓶の蓋をしっかり締めないで半開きのまま置き場所に戻す。次に使うときに確認せず半開きの蓋だけを掴んで瓶を落として中身を撒き散らす。どちらも「ちゃんとしない」から起きる事故だ。

歳をとると余計に「面倒くさい」と思う気持ちが強くなる。面倒くさいからちゃんとしなければいけないこともちゃんとやらなくなる。そういう行動の兆候は普段の生活の中でもたくさん見られるようになってくる。それに気づかない人がムキになって叫ぶ。

「俺は老いぼれてなんかいない!」