中村梅之助という俳優さんがいた。かつては時代劇「遠山の金さん」などに出演していた有名な俳優さんだ。「大岡越前」の加藤剛さんと並んで人気の俳優さんだった。今は息子の二代目中村梅雀さんが活躍されているが、最初に梅雀さんを見たときには「あれ?中村梅之助が若くなってる!」と思ってしまった。それくらい似ている。

歌舞伎や落語の世界には師弟制度があって、血の繋がりがない二代目、三代目も普通だ。しかし弟子であっても血が繋がっていなければ顔貌が遺伝することはない。立川談志の弟子は男子とは似ても似つかぬ容姿をしている。それでも必死になって話し方を似せようとするのでちょっとおかしなことになっている。

いくら弟子だって生まれも育ちもまったく違う。まったく違うものが無理やり似ているように見せようとするのは滑稽だ。いや落語家だからそれが狙いなのか(笑)

世の中にはそっくりな親子もいる。先の中村梅之助・梅雀親子はそれにあたる。別に有名人ではないが、高校時代の後輩にアユミという女の子がいた。文化祭の時、体育館でブラスバンドの演奏会をやるというので友達と校舎の廊下を歩いていたら、向こうからアユミにそっくりな顔をした中年の女性が歩いてくるのが見えた。

「あれ?」
本人は既に体育館で準備をしているはずである。それにしても似ている。双子かと思ったがそんな話は聞いたことがない。それにその女性は明らかに女子高生では、ない。体育館に着いてアユミに「もしかしてお母さん、来てる?」と尋ねたら「もうやだ!先輩たち、もう会っちゃったんですか?」と顔を真っ赤にした。近所の人からも普段からそっくりだと言われているらしい。

反対に全く似ていないこともよくある。今では血縁のない家族など当たり前の時代だから、親子だといっても似ているとは限らない。肌の色で純血の(?)日本人種ではないことが想像できることはあるが、普段の付き合いの中で意識することはない。親子が似ていないからって法律違反になるわけでもない。(自民党の一部議員はそんなことを言い出しそうだが)

しかしこの中村親子を見ると「血は水より濃い」のだなぁとしみじみと感じる。血縁関係のない師匠と弟子では作り得ない自然の凄さを感じるのである。ただそれだけのことだ。