サーモスというアウトドア用の保温ポットがある。昔は樹脂のケースに収められた真空ガラス製の魔法瓶だったが今は内側も外側もステンレス製になった。古くから山をやっている人はこれを「テルモス」と呼ぶ。ドイツ人が作った「THERMOS」という魔法瓶が起源だ。

登山の世界でテルモスといえば魔法瓶(これも死語か?)の代名詞だ。「味の素」や「セロテープ」のようなもので一般名詞のようにその世界では通用する。それがいつの頃からか「サーモス」という製品名で呼ばれるようになった。もうテルモスと呼ぶ人はほとんどいなくなった。

子供の頃、新聞の広告に「テアトル東京」という文字がたびたび載っていた。これもテアトル映画館だったのだが、テアトルは英語だと”THEATER”と書く。無理してローマ字のように読めば”テアトル”だ。つまりテアトル東京は東京劇場というような場所だ。今でも経営していた会社は「東京テアトル」という名前で残っているらしいが、テアトルの意味を知っている人も少なくなったに違いない。

ボクの祖父はかつてオーダーメイドの洋服屋をやっていた。小さな店だったが、まだ既製の背広(背広も半分死語か?)が少なかった時代だったのでそれなりに流行っていたらしい。商売は洋服屋だったが祖母は普段着物を着ていた。だから祖母の家には衣紋掛け(えもんかけ)があった。

だが次第に着物は廃れて祖母も洋服を着るようになったら、衣紋掛けは洋服のハンガー掛けになった。ハンガーがかかっているがそれは間違いなく衣紋掛けだった。当時、幼稚園児だったボクと従兄弟はそれを「エモンカケ」だと教わった。だからハンガーのことも「エモンカケ」だと思っていた。

小学生になって友達が家に遊びに来たときに、「上着はエモンカケに掛ければいいよ」と言ったら全く通じなかった。そりゃそうだ、目の前にあるのはエモンカケではなくハンガーなのだから。それからしばらく経ってもボクはハンガーをエモンカケだと勘違いしたまま大人になった。

あるとき職場の長老に、「あれは衣紋掛けじゃない」と言われてやっと間違えに気づいた。もっともボクの周りにいた人たちは誰も”本物の”衣紋掛けを知らなかったので恥をかくことはなかったが、古い日本旅館に泊まったときに部屋の隅に置いてあった衣紋掛けが目に留まった。「そうか、紋付を掛けるから衣紋掛けか…」と思ったのは中年になってしばらく経った頃だった。