「あすなろ」という木がある。ヒバと呼ばれている木のことらしい。中尊寺金色堂もヒバで建てられているという。ボクはよく知らないが割と北の土地でも育つらしい。耐久性ではヒノキより優れているらしいが、見た目が劣るので値段は安いという。

値段が安いが故にヒバは格下に見られることがあり、「明日は檜(ヒノキ)になろう」ということであすなろと呼ばれているという。だから「明日檜(あすなろ)」と書く。一般の評価が劣っているが故に「明日は檜になれますように」と願うヒバにはそこはかとなく哀愁が漂っている。

ところが檜は福島県以南に分布しているため岩手県では檜は育たない、らしい。だからあすなろはいくら待ってもヒノキにはなれない。元々種が違うのだからといっては身も蓋もないが、おとぎ話のようでちょっと悲しい物語である。

「頑張ってサッカー選手になるぞ」「将来はユーチューバーになって大金持ちになるんだ」と夢を持っている子供もいるだろう。昔は生まれながらの身分の違いから望みが叶わなかった子供も多かったはずだが、今では(経済的な問題などを除けば)どんな職業にもつけるしどんな人間にもなれる。

だから「明日は頑張る!」「明日は宿題を忘れない!」「明日の試合は勝つ!」などと夢を持つことはできる。それはボクらの時代から変わらなかったはずだが、残念なことに大志を抱けなかったボクは「タダのオジサン」にしかなれなかった。それでもやっぱり今からでも「明日はいい人になろう!」と願い続けていれば、いつかはいい人になれるかもしれない。

あすなろのことを思い出すと、もう大した未来が期待できなくても「頑張っていればそのうちできるさ」という明るい気持ちになるのである。