「誰か他にやってるのか?」

ボクがサラリーマンだった頃、新しい提案をすると必ず聞かれた質問だ。大きくても小さくても同じだ。会社の事業に関わる内容でも普段の仕事の効率化でもいい。現状を変えようとしたときには必ず上司の抵抗にあった。上司たちはいつもボクの抵抗勢力だった。

多くの日本人は自分が最初に始めることに強い抵抗感を持つ。自分の勤める会社が最初に始めたことが失敗して笑い者になることを恐れる。しかし”改革”とは試行錯誤した結果、得られるかもしれないものだ。そこには失敗がつきものである。最初から上手くいくことなど、まずない。

誰だって失敗は嫌なものだ。他の人から非難されるだろうし自分の無能さを曝け出すようなものだ。バカにされたり怒られたりすることは避けたいと思う。でもそれを避けるのは簡単だ。何もしなければいい。何もせずに現状維持していれば失敗することも少ない。

でも今やっていることがジリ貧なら新しいことを始めなければ、右肩下がりで状況は悪化する一方だ。日一日と悪化していく有様を指を咥えて見ていなければならないのは苦痛以外の何物でもない。やがて墜落して朽ち果てていくのは明らかなのだから。

そんな状況を打開するには変革が必要である。今の状況を変えなければいけない。でも今の状況を変えて上昇に転じればいいが悪い方に転がれば最悪だ。「やらなきゃよかった」と後悔することになるかもしれない。それでも今のまま続けてもいずれはダメになる。時間の問題だ。

「変革」というものは決して向こうからやって来ない。誰かが始めなければいつまで経ってもやって来ない。だから”誰かが”やってくれるのを待つ人もいる。自分以外の誰かがリスクを負って変革してくれれば一番安心だ。失敗しても「その人のせい」だ。自分が責められることはない。でもその人はいつになったらやって来るのだろうか?

「待ち人」が来なければ何もしないで待っているのと変わらない。そして最後までやって来なければジ・エンドである。

それなら自分が始めるしかない。成功するか失敗するかはわからないが、少なくともボーッと誰かを待っているより確実に変革を始められる。「もし失敗したら?」と考えすぎることがなければ…。でも何かを始めれば失敗はつきものだ。最初からうまくいくことなんてない。100の失敗を重ねて1回くらいはそこそこの結果が出る程度だ。

白熱電球を発明したエジソンはこう言っている。

 失敗は積極的にしていきたい。
 なぜなら、それは成功と同じくらい貴重だからだ。
 失敗がなければ、何が最適なのかわからないだろう。

英語でも”First Penguin”という言葉があるくらいだから、自分が最初の一人になることを怖がるのは日本人に特有の文化というわけではないのかもしれないが、とにかく日本人は自分が最初に始めることを嫌がる。先を行く人を見て、彼が失敗しないことが分かってからでないと手をつけようとしない。でも自分が始めなければ一体誰が始めようとするだろうか。