第二次大戦後のイタリア・シチリア島。貧しい村の古い映画館。物語は映画館の検閲の場面から始まる。フシダラなキスシーンをフィルムからカットするためだ。検閲に引っかかると神父が手に持ったベルを激しく鳴らす。「ノン!(ダメだ!)」

学校の勉強は好きじゃないが映画が好きでたまらない少年トトは、「もう来るな!」と怒られても映写技師のアルフレードのもとに足繁く通っている。映写中に焼き切れたフィルムの切れ端を集めてきてはその場面のセリフを再現する。

物語はトトの青春時代からシチリアの田舎町を出てローマで映画監督になるまでの人生を描いていく。そんな大人になったトトの元に、30年も帰っていないシチリアの実家の老母から1本の電話が入った。「アルフレードが亡くなったよ」

トトはアルフレードの葬儀に参列するためにシチリアに向かう。葬儀の後、アルフレードからトトへの贈り物だという映画フィルムを渡される。

それはかつてアルフレードが、検閲に引っかかってやむなくカットした、キスシーンだけを繋ぎ合わせた映像があった。最初から最後まで全部が様々なキスシーンだけで出来上がっていた。敗戦国の、連合国による当地のもと、公にできないシチリア人の反骨精神がそこの凝縮されているようだった。

この映画は元々はドラマ映画だったと言われているが、劇場版映画の音楽は世界中に広まり、日本人でも聞いたことのある人は多いと思う。海外の映画を観るたびに「どうして日本映画には映画音楽がないんだろう?」と不思議に思う。最近はアニメ映画の音楽は広く知られるようになったが、それ以外の日本映画の映画音楽といっても「寅さん」くらいしか思いつかない。

テレビドラマのテーマ音楽は人気が出ても、音楽を聴いて思い出す日本の映画はほとんどない。日本映画の冒頭はいきなり物語から始まり、その後も音楽が流れることなくストーリーが続いていってしまう。海外映画だと冒頭のストーリーの後に音楽が挿入されるので、映画と音楽の結びつきが強くなるのだろう。これは古くから生活の中に音楽や踊りが根付いていた文化的背景が関係しているのかもしれない。

それにしてもアニメ映画の音楽ばかりが有名になるのはちょっと寂しい気がする。アニメ映画はテレビ漫画の延長だったからかもしれない。テレビならドラマでもマンガでも最初にテーマ音楽が流れる。結局、テレビドラマやアニメだけが日本の文化なのだとしたら、寂しいような気がしている。