辛い経験もいつかは思い出に変わる、ということが何となくわかるようになったのはいつ頃だったろうか。学生の頃には人生に絶望した気分になったこともあったかもしれない。「ダメだ、もう耐えられない」と思ったこともきっとあったはずだ。しかしほとんどの出来事は思い出どころか記憶の彼方にすっ飛んでいって忘れてしまった。

去年から世の中はコロナ一色になった。毎日のニュースも第一声は必ず「新型コロナの…」で始まる。さすがにそんな日々が1年以上も続くと食傷気味になってくる。新規の感染者数や重傷者数、死亡者数は毎日変わっているのだけれど、最近ではただの数字の羅列にしか聞こえなくなった。きっとこんな世界に慣れてきたのだろうと思う。

もちろん自分一人でも感染対策で手を抜かないことが、ほんの僅かでも世の中のためになっていることは間違いないのだろう。それにボク自身は感染対策をすることがあまりストレスには感じないので(マスクは暑いけれど)一所懸命に我慢しているわけでもない。でもきっと世の中には「ガマンできない人」も大勢いるのだろうと思う。

でもガマンは最後までガマンした人が初めて「オレたち、ガマンしたよね」と言えるのであって、途中で脱落した人にはその資格がなくなってしまうと思っている。ガマンできなかった人が「ガマンしたよね」と言ってみたところで、「アンタ、ガマンできなかったじゃん」と言われればそれまでなのだ。

でもガマンした人もできなかった人もいつかきっと、「そうそう、あの時は世界中がコロナで大騒ぎだったよね」と思い出す日がやってくるのだろう。その時には「オマエはガマンできなかったけどな」と笑い合えるに違いない。過ぎ去ってしまえば喉元の熱さを忘れる日がきっとやってくる。その時になって初めて今のコロナ騒動のインパクトが評価されるのだろう。