ボクが初めて買ったLPレコードは小椋佳さんだった。中学生の頃だったと思う。当時はまだ第一勧銀の銀行マンだった頃だ。東大法学部卒の銀行員が、いわゆる”二足のわらじ”を履いてヒット曲を飛ばすシンガーソングライターなのだからカッコイイ。でも初めてブラウン管に登場したその人はちょっと”くたびれた感”のあるオッサンだった。

その小椋さんが先日、テレビに出演していた。もう80歳近くらしいが元気そうだった。しかし彼もいずれは死んでいく。生き物の宿命だから抗うことはできない。でも彼が死んでも彼が歌った歌は残る。歌が残ればそれを聴いて育った人の思い出は残る。歌は時代とともにある。「流行歌」という意味ではない。

思い出は常に歌とともにある。その歌は必ずしも流行歌でなくてもいい。時には映画音楽だったり、ロックンロールだったりする。中学生の時、高校生の時、大学生の時、部活に熱中していた時、初めて彼女とデートした時。その時、その時代に自分が聞いていた歌がその時の自分の流行歌だ。人それぞれの思い出とともに自分の流行歌がある。

「シクラメンのかほり」という小椋さんのヒット曲がある。確か布施明さんが歌って大ヒットした。

♪真綿色したシクラメンほど清しいものはない…♪

当時はほとんどの国民が耳にしたことのあるメロディだったと思う。だからシクラメンの香りというと「清々しい匂い」のような先入観があるが、シクラメンにはほとんど匂いがない。でも当時この歌を聞いた人は、匂いのないシクラメンの清々しい香りが今でも思い出として残っているのではないだろうか。

思い出の歌を耳にすると一瞬であの頃の懐かしい思い出が蘇る。思い出は歌とともにある。