先日、脚本家の橋田壽賀子さんが亡くなった。橋田さんといえば「渡る世間は…」などのドラマで有名な方だったが、その他にも数々の脚本を書かれた巨匠であり、日本人なら知らない人はいないと言っても過言ではないだろう。そんな橋田さんの作品の中でボクが一番印象的なのはかつて朝ドラで放送されていた「おしん」だ。

東北の貧しい山村に生まれた「おしん」は口減らしのために奉公に出される。よその家で雇われて働かされる制度だが、言ってみれば体のいい人身売買だ。中には奴隷のようにこき使われて命を落とした人もいたという。

10年ほど前に100歳で亡くなったボクの祖母は明治の生まれで、朝ドラの「おしん」が大好きだった。彼女自身、子供の頃に奉公に出されたことがあったのだという。ボクが20歳を過ぎた頃、祖母に突然、「伊那に連れて行ってほしい」と言われたことがあった。伊那谷といえば木曽谷と並ぶ長野県の山奥で、そんなところに何のようがあるのだろうと不思議に思った。

ボクは断る理由もないので祖母と娘の母親と連れ立って中央高速道路を伊那に向かった。伊那のインターを降りて木曽谷方面に進み、山道を妻籠宿方面に向かうと祖母は周辺の地理のことを説明し始めた。なんでそんなに詳しいのかと訝しんでいたら、どうやらその近くが祖母の奉公先の近くだったらしい。もっとも奉公していたのはそんな山奥ではなく今の伊那市のあたりだったという。

奉公に行った先もいくつかあったらしいが、中でも伊那の奉公先ではご主人に良くして貰ったとかで、子供の世話をする傍らで学校にも通わせて貰ったらしい。亡くなるまで読み書きが得意ではなかった祖母だが、少しだけ読み書きができるようになったのは奉公先のご主人のおかげだと話していた。

それまでは遠江(とおとおみ・今の静岡県西部地方)の奉公先にもいたらしい。あまり話したがらなかったが、そこでの仕打ちは酷いものだったらしい。それに比べて伊那での暮らしは雲泥の差があったという。祖母の青春時代の思い出だったのだろう。

祖母が「伊那に行きたい」といい出したのも「おしん」の放送されていた時期と重なる。祖母は「おしん」を見て自分なりの「聖地巡礼」に行ってみたいと思ったのだろう。奉公から戻った祖母がその後、結婚してどのような暮らしをしてきたのか詳しいことを窺い知ることももうできないが、厳しい暮らしの中で平安なときを過ごすことのできた時代を思い出してみたくなったのかもしれない。