緊急事態宣言

去年からのCovid-19の感染拡大で日本の各地に3度目の緊急事態宣言が出た。コロナ疲れ、自粛疲れなどと言われ始め、”宣言”にどれくらいの効果があるのか疑問視する声も聞かれるが、憲法で国民にいろいろな”自由”を保証している日本でロックダウンすることは難しいだろうし、ましてや”命令”などをしたら次の選挙で国民や野党からどのようなしっぺ返しを受けるかわからない。

それでも”宣言”や”要請”を受けていろいろな場所で感染防止対策をしている。スタジアム、劇場、テーマパーク、飲食店などなど、「もうダメです」といいながらなんとか生き延びているところも多い。もっとも我慢というのはその先に「我慢しなくていい時」がやってくる保証があるから我慢できるわけで、いつまで続くかわからない我慢はできるものではない。

それに今回の災禍は誰にも怒りの矛先を向けられない。だからとりあえず目についた政府に「対策が後手後手だ」「対策に効果が期待できない」「ワクチン接種が遅すぎる」などと文句をつけているが、そもそも感染が拡大したのは政府の責任ではない。これだけ大規模な流行になってしまえば、どんな対策をしたところで遅かれ早かれ国内でも流行は避けられなかったと思う。

それでもやっぱり不要不急の外出をする人はいるし、湘南の観光地の道路は毎日のように大渋滞している。周辺の飲食店も”万全の感染対策をして”営業している。仕方のないことだ。誰だってウイルスの拡大は嫌だ。早くなくなって欲しいと思っている。でもそれまではなんとかして生き残らなければならないのだ。

でも自分の店や自分のいるところは対策をしていても、そこにやってくる人は「どこでもドア」を使って自分の家の部屋から瞬間的に直接やってくるわけではない。家を出て友達や恋人と待ち合わせ、電車に乗り、バスに乗り、タクシーに乗り道を歩いてやってくる。自分の家の車庫から車に乗ってやってきたとしても、途中ではコンビニに寄りトイレに寄り、たくさんの人と接触しながらやってくる。人が動けば必ず誰かと接触して影響を及ぼし合う。

だから目的地だけが問題なのではない。政府関係者も百合ちゃんも「人流(こんな言葉は初めて聞いたが)を減らすことが一番の対策」だと言っている。たぶんそれは間違いないだろう。でももう、家の中で独り言を呟き続ける生活には耐えられなくなってきた。かくいうボク自身も、たまのネット飲み会などがあるとホッとして気分が和らいだりする。

たまには会って飲みたいなぁと思うこともないではないが、来年か再来年になればワクチンや治療薬などが一般的になって、もうちょっと雰囲気も良くなっているかもしれない。だから今は我慢している。ここ2〜3年で自分の寿命がやってくる確率はそんなに高くないだろう。それでも天気の良い日には代わり映えのしない部屋からの眺めが疎ましく思える。

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