ウソも方便

ここ数年は訳あって老人の介護事情にちょっと詳しくなった。といっても介護のプロになったわけでもなく知識がついたわけでもない。ただ単に介護老人の中にはこんな人がいるという経験を積んで対応の仕方が薄々わかってきたというに過ぎない。

ここでいう”老人”とは80歳を過ぎて足腰が弱り、耳が遠くなり、物忘れが酷くなってきた一般的な高齢者を指す。もちろん世の中にはお元気な老人がいくらでもいることは十分に承知している。しかし多くの高齢者は80歳を迎えた頃から急激に体が衰えてくることが多い。70代と80代では別の人間になってしまったかのように変化する。そんな高齢者を前にしたボクの体験談だ。

具体的にここでいう高齢者はボクの父と母である。二人とも昭和10年生まれ、母は昨年他界したが父は齢86歳で存命である。母は末期癌が見つかり骨にも転移していたため1年ほど前から歩くこともできなくなって自宅のベッドの上で過ごしていた。介護を担っていたのは同居していたボクの弟夫婦だ。抗癌剤などの積極的な治療をすることもなかったが高齢のせいか肝心の癌はほとんど進行しなかった。

一方で父は50年ほど暮らしていた実家を出て勝手に自分のマンションを買って一人暮らしをしていた。考えてみれば父は定年して仕事を離れてからしばらくして様子がおかしくなった。変な妄想を真面目な顔をして話し始めたり、ほんの5分前に話したことすらすぐに忘れてしまったりするようになった。

最初のうちはボクも「なんで忘れるんだ!」と怒ったりしていた。トンチンカンなことを言い出すので頭ごなしに否定したりしていた。ちょっと前までマトモだったのでこちらもマトモに付き合おうとした。しかし5年も経つ頃には「この人は話をしてわかる人ではなくなってしまった」ことがわかるようになった。もっとも勤め人だった頃からおかしなことを意地になって主張することのある人ではあった。

認知症の高齢者は最近あったことはことごとくすぐに忘れる。今の父は母が死んだことも理解していない。「お母さんはどうしてるんだ?」と訊くので「去年死んだよ」と言うと「そうかぁ死んだか」と答えるのだが1分もしないうちに「お母さんはどうしたんだ?」と同じことをまた訊いてくる。最初は「だから死んだってさっき言ったじゃん!」と言い返すのだがまた1分もしないうちに同じ質問が繰り返される。

もはや言ってわかる状態ではないのだ。だからこちらも淡々と「去年死んだよ」と繰り返す。そんなことでイライラしてはいけない。相手は常人ではないのだ。だから重要でないことは相手に合わせて嘘でもなんでもつくことにしている。もっとも重要なことでさえ覚えていないのですべての責任はこちらでとることになるが、足腰が弱って介護施設に入り、スマホはおろか携帯電話も使えなくなってしまえば大したことはできなくなるので詐欺にひっかる心配もない。

先日も緊急の用件があって施設に行った時にちょっと話をした。もっとも世の中がこんな状況なので普通の面会は禁止だが、どうしても面会する必要があったので特別に許可してもらった。用件が済んだ後に父と二言三言話したのだが大した内容ではない。「目薬を買ってきてくれ」と言うので今度くる時に買ってくると答える。どうせ今思いついて言っているだけなので買っていくつもりもないしそもそも面会は禁止だ。

「ここ(老人ホーム)を”退院”したらオレはどこに行けばいいのか」と言うので「家を買ってやるからそこに行けばいい」と答えておく。「もう一人じゃ暮らせないから孫(ボクの娘)に面倒をみてもらおう」などと言っている。アホかと思ったが「じゃあ話しておくよ」と言っておいた。万事がこんな調子だ。真面目に受け答えをしていたらこちらがおかしくなってしまう。

でもこんなになんでも忘れてしまえるのはある意味で幸せなのかもしれない。穏やかに人生の最後を過ごすには、心配事もなにもかもすべてを忘れてしまうのが理想なのではないかと思う今日この頃である。

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