人身御供(ひとみごくう)

2回目の緊急事態宣言では飲食店が標的になった。その前の去年秋はGo Toトラベルだった。今度は誰を人身御供にするのだろう。昼オケかランチ会食か高齢者施設か、どこにしてもそこだけが決定的な感染源でないことだけは間違いない。そんなことがわかっていれば今頃はずっと下火になっているはずだ。

マスクをしていれば大丈夫だのアルコールの手指消毒もうがい手洗いも大切だがそれだけで完全に防げるわけではないし、今、政府や医療機関が頑張っているワクチン接種にしても同じことだ。なんといってもまだ治療薬がないのだから、感染をある程度抑えたとしてもかかって発症してしまえばあとは雲を天に任せるより他はない。

人は自分に都合の悪いことがあると誰かのせいにしないと気が済まない。だから犯人探しをする。今回の犯人はどうやらある種のコロナウイルスだということがわかっている。ただそれでもそのせいばかりにしてもいられなくなってきたので”新しい変異種”を持ち出してきた。もちろんたぶんそうなのだろう。でも意思のないウイルスのせいにしても気が収まらない。

だから誰かのせいにしなければならない。例えその人のせいでないことがわかっていても誰かを悪者にしなければ多くの人は自分を納得させることができない。欧米などでは外出規制が悪いと言い、営業規制が悪いと言い、マスクの強要が悪いと言い大規模なデモが起きているという。アメリカではアジア系の人種が標的にされている。

もともとアメリカは移民の国で人種差別が激しい”自由の国”だから驚くには値しないが、古くからそこに暮らしていてもいつ何時、どんなキッカケでいじめが始まらないとも限らない。

もっとも日本でも人種差別まではいかないが職業差別や地域による差別は1000年も前からなくならない。同和問題や「えた・ひにん」(もはや漢字変換もされないので敢えて平仮名で書く)は地域によっては今でも大きな差別として残っている。人身御供、手っ取り早くいえば”生贄(いけにえ)”はいつの世になってもなくならないのだろうか。人は弱いものいじめが大好きだ。

逆になんでも「私のせいで…」「私があんなことしなければ…」とすべてを自分のせいにしたがる人もいる。しかしそんなことをしても本質的な問題は何も解決しないし、周囲はそれに振り回されて迷惑するだけなのだ。

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