失敗した子供の居場所

大抵の子供は成長すると独り立ちする。もちろん若い時には経験も浅く失敗することも多い。おそらく子供の頃から人生で一度も失敗したことのない子供は少ないはずだ。いや、一度も失敗したことがない人間はある意味で欠陥人間と言ってもいい。

年端もいかないうちは失敗しても帰る場所があることが多い。その多くは親であったり兄弟であったり親戚であったり友達だったりする。失敗して打ちひしがれる自分を暖かく包んでくれる場所がある。

しかし仮にそんな場所がない子供はどうだろうか。失敗した結果は全て自分で解決しなければならない。経験の少ない子供にとっては辛いことに違いない。相談する人もおらず自分だけが自分の味方だ。そんな子供だって昔からたくさんいた。そんな子供がテレビドラマや映画の主人公になったりする。

辛い経験だがなんとか自分で解決しようとすることは、無責任な言い方をすれば人間を成長させることになる。この先生きていく人生には自分だけで解決しなければいけないことも多い。そんな時にすぐに心折れてしまうようでは品性の荒波を乗り越えていくには甚だ心許ない。

しかし大人になっても自分で解決できなかった時にも「帰る場所」のある人がいる。ボクの友人にも「失敗したら実家に逃げかえればなんとかなる」と言っていたヤツがいた。すべてを捨てて逃げかえれば実家で暮らしていけるというのだ。ボクにはちょっと考えられないことだった。

ボクは20代で家を出る時に「もう2度と戻ってこない」と宣言した。そうしろと言われたのかどうかは覚えていないが、独立するとはそういうことだと思っていた。だから一旦捨てた家や家族を都合が悪くなったからといって安直に頼ることは潔ぎ悪いことだと思っていた。だから「ダメなら帰る」と言った友達を見てびっくりしたのだ。

ダメになった時に子供や兄弟を受け入れてくれるのは一つの優しさなのだろう。そんな情景も映画やドラマになっている。ちょっとでもダメだと思った時にすぐに受け入れてくれれば自分は安心だ。居心地もいいに違いない。いや文句の一つも言われるだろうから居心地は良くないかもしれないが、何はともあれ生活は保証される。

安心できるならもう外の世界の荒波に揉まれる必要はない。だから外側との厄介なつながりを避けて引き篭るようになる。それでも生きていけるならこんなに楽なことはない。そうやって「引きこもり」が出来上がるのではないかと思ってきた。他に何か特別な理由があるのだろうか。今のボクにはまったく想像がつかない。

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