できてもいないのに成果を強調したがる人

北朝鮮の指導者といい中国の指導者といい日本の指導者といい、権力者が口を開くと必ずマスコミには「〇〇と成果を強調した」と報道されることが多い。これは”成果を(必要以上に)強調した”と言っているのとほとんど同じだ。つまりやってもいないことを「やりました!」と嘘をついているようなものである。

やってもいないことを「やれませんでした」と正直に答えると「なんでやれなかったんだ!」「お前がダメだからできなかったんじゃないか!」と非難されるのが目に見えているから、口が裂けても「できませんでした」とは言わない。そして全体のほんのチョビっとだけでもできたことだけをことさらに強調する。

先日来、新型コロナのワクチン接種が始まった。ワクチン接種担当のK大臣は「高齢者の接種は4月”から”始めます」と断言した。いいのだ。ほんのちょっとだけ、例え一人だけでも4月に接種した人がいれば”始めた”ことになるからだ。予想通りワクチンの量はまったく足りず、”おしるし”程度に接種が”始まる”らしい。

責任を逃れるためには言ってしまったことのごく一部でも現実のものにして既成事実だけが残ればそれでよしとするのが公務員や組織の指導者たちのやり方だ。誰も「4月中に全員に接種する」なんて言っていない。一人でも打てば目標は達成だ。

海外でも実質的に独裁政権の国の指導者はちょっとでもやり始めれば「やった!やった!」と大騒ぎする。やったやった詐欺だ。最近では民間でも同じような風潮がある。「結果にコミットする」と言いながら結果が出なくても「やったことに意味がある」などと言う。小学生のテストのようだ。「答案用紙になんでもいいから書けば中間点をあげる」なんて先生がいたなぁ。

そんな子供がそのまま大きくなったような独裁者が支配するところにはあんまり行きたくないなぁ。

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