美味しいものを少しだけ

10代から20代の頃はよく食べた。いつもお腹を空かせていたような気がする。飲みに行くのも「つぼ八」などの割安チェーン居酒屋ばかりだった(未成年の時は居酒屋など行っていません、念のため)。同じお金を払うならたくさん食べられた方が得だと思っていた。若い時は多くの人がそうだったのではないかと思う。

そして30代、40代と年齢を重ねるに従ってだんだんと食欲への執着が少なくなってきた。もちろん美味しいものを食べるのは好きだが胃袋を満腹にすることにはあまり魅力を感じなくなった。若い頃より運動量も減ったし消化器だって年相応にくたびれてきている。食べ過ぎればお腹を壊すだけだ。

一方で美味しいものへの執着は強くなったかもしれない。もちろん味は個人の好みなので、多くの人が大好きだという肉やキャビアなどが取り立てて好きなわけではないし大抵のものは美味しく食べているが、ワインやチーズの好みはだんだんとトンガってきたような気がする。だからといっていつも高価なワインを飲んでいるわけでもない。普段のハウスワインはスーパーで買う1本500円程度のものだ。

ホテルに勤めていた頃はテイスティングでン十万円もするワインを味わったりしたこともあったが、結局は酒も食べ物も「高ければ美味いわけではない」ことがわかると自分好みで安価なものを探すようになった。もちろん美味しいものは高価なものが多いが、安価だから不味いというわけでは決してない。要は好みだ。

それに30代も半ばを過ぎた頃に思ったことがある。たくさん食べることと美味しいものを食べることが並び立たないとするならどちらを優先するかということだ。一般に美味しいものは高い。だから持っているお金が同じなら美味しいものをたくさん食べることはできない。たくさん食べようと思ったら美味しくないものにしなければならない。

不味いものをたくさん食べなければならないのなら、美味しいものを少しだけ食べた方が幸せになれるのではないかということだ。食事で満腹にすることを前提としないなら、美味しくて自分好みのものを少しだけ食べられればいいと思うようになった。

それは人生も一緒のような気がする。いくらタダだからといってつまらない経験ばかりをするよりも、一生に一度でいいから心が震えるような素晴らしい経験をしたいと思うように変わってきた。

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