「気づき」と「見える化」

わかっているようでわかっていなかったことに気づくのが「気づき」。わかっているようで実はあまりわかっていなかったものを理解できるようにするのが「見える化」。どちらもイメージで語った方がわかりやすくなる。だから絵を描いた方が多くに人にわかってもらいやすい。

でもボクは絵を描くのが苦手なので文章で表現しようとすると漫画世代からこっちは文字など読んでくれない。絵で見てパッとわからないと誰も見てくれない。今では絵でもダメで動画でなきゃダメだという。というボク自身も「絵で見てパッとわかる」威力には勝てないよなぁと思うことも多い。

でもせめてもの救いは、パッと見てわかる絵や映像が伝えられることはせいぜい1つか2つだ。たくさんの情報を伝えようとすればたくさんの絵が必要になる。情報の密度では文章には敵わないが理解の速さでは圧倒的だと思う。だから最近は歴史でも経済でも自分が初めて触れるようなことを広く浅くパッと見渡したい時にはマンガを読むことにしている。

今では色々なジャンルの概論をマンガにした本が出ている。ボクも今まで中東の民族紛争やマネジメントなどの一見複雑なことについてのとっかりにマンガを読んでおぼろげなイメージを掴んでからその中の専門分野について知識を広げながら経験を積んでいったこともある。マンガだからとバカにしていたら最初のとっかかりさえ見つけられなかったかもしれない。

最近では色々なおエラいさんたちがことあるたびに「気づき」だの「見える化」だのと口にするが、本当に大切なのは自分たちがすでに気付いたり見えているものについて議論することではなく、まだ気付いていなかったり見えていない人たちに噛んで含めるようにヒントを与えて自分から気付いたり「わかった!」と見えるようにすることなのだと思う。でもわかっている人たちはすぐに自分たちにしか理解できない難しい話を始めて得意になりたがるのはリーダーとしていかがなものかと思ってしまうのだ。

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