「やってくれそう感」に皆んなは期待する

去年はアメリカのT大統領や参議院の総選挙があったりしたけど、大騒ぎした割に「どうなのかなぁ?」という結果に終わった感が否めないワタクシでございます。もちろん意見には個人差がございますから「A首相頑張れ!」という方や「よっ!T大統領!」という輩もたくさんいることは承知しております。でもね、多くの人は「他より良さそうだから」とか「目ぼしいのがいないから」なんていう”究極の選択”で選挙をしているっていうのは「人材不足は政治家に極まれり」ということなんだなと思わざるを得ないわけでございます。

以前、一時的にMin主党政権ができた時も、何も解決できないJ民党に愛想を尽かしていた国民が「あっちなら何かをやってくれるかも知れない」という半ば博打のような感覚で勝負したわけですが、結果的には「とんでもないことをやらかした」だけで、まったくもって残念な結果になったのは記憶に新しい(もう新しくもないけど)ところです。それでも閉塞感が限界まで高まってくると人は性懲りもなく、”何の根拠もない”けれどもしかしたら何かやってくれるかも知れない”目”に張ってしまったりするのです。そして大抵の場合は大きく外すのです。

何の根拠もないのに他がダメだと「やってくれそう感」があるところに賭けてみたくなるのは人の性なのでしょう。誰とはいいませんが、アメリカの大統領も最近になってトンデモ発言をやらかして世界中を引っ掻き回しています。もうそろそろ根拠のない「やってくれそう感」に賭けるのはやめにして「やってくれる人」を選びたいところですが、これがまたどこにもいないんですな。いっその事AIに全部を任せちゃったほうが健全な社会になるんじゃないかと思うのは、ワタクシだけ?