「記憶にございません」

とある休日の夜、テレビを点けたら見たい番組が何もなかったのでたまたまやっていたテレビ映画を見ることにした。テレビ(特に民放)で映画を放送するときにはCMでブツブツと細切れにされる上に途中が大幅にカットされることが多いのであまり見ることはない。

その上にやっていた映画は三谷幸喜監督の「記憶にございません」という以前に映画館で観た映画だったので、眠くなるまでに時間つぶしと思って見るとはなしに眺めていた。ストーリーは、国民にまったく人気のない最悪の総理大臣がバルコニーで演説しているときに聴衆が投げつけた石が頭に当たって記憶喪失になってしまうというドタバタ劇である。

最悪の総理がダメな理由の一つが裏で権力を振るう内閣官房長官の存在である。この官房長官を演じているのが映画「復活の日」(古い)で有名な草刈正雄さんである。シチュエーションは今の自民党の二階幹事長的なキングメーカーという立ち位置なのだが、草刈サンは現実の太った醜いご老人に比べて何ともカッコいいのである。

現実の自民党の幹事長がほとんど”老害”ともいうべき醜さで、失言なのか本気なのかもわからないような存在でどこから見てもカッコ悪いのでイメージの食い違いを埋めるのが大変なのだ。良きにつけ悪しきにつけ没入した映画と現実世界の乖離が大きいと、どちらをどちらに寄せて行けばいいのか頭の中が混乱してしまう。もっとも二階サンも草刈正雄くらいカッコよければもうちょっと話を聞いてやってもいいんだけどな(嘘)

それにしても映画からここまで現実をイメージさせられるのはパロディにしてもあまりにもリアルである。かつてジョージ・オーウェルの小説「1984年」を読んだときには1983年だった。翌年が小説に中の世界のようになるのはあまり現実的ではなかったが、今の現実をパロディにしてしまうと物語と現実の区別がつきにくくなってしまうことがある。それがパロディの本当の力なのかもしれない。

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