イベントの主催者なのに人前で話もできないリーダー。「では代表して挨拶を…」というと「えっ?いやオレはいいから…」と謙遜したように言う。ここは謙遜するところではない。場を仕切るために堂々とした態度で挨拶してもらいたい。いや多くのことは望まない。挨拶だけでいいのだから…。

一般にリーダーとして必要なことは、「責任を取る」「部下を指導して讃える(多少失敗しても)」「(うまくいったときには)手柄を部下のものにする」。このあたりは戦国時代からあまり変わらないようだ。それができない人は早晩信用を失ってリーダーの座を追われる。

リーダーという立場は決して楽しいものではない。失敗したときには責められ成功してもアタリマエだと言われる。嫌な仕事を進んで受け入れ、誰よりも頑張ってたくさん働かなければならない。それなのに”リーダー”という肩書きに憧れてその座に着こうとする男は多い。いや女性のオヤジ化に伴って女性も増えている。

部下の手柄を自分の手柄だと思えないのは普段から自分が部下のために何もしていないからである。部下の成功がリーダーのおかげだと周囲から思われるのはいつも部下のために尽力しているリーダーだけに与えられるものだ。

しかし手柄は自分だけのものにして責任は部下に押し付ける人間は政治の世界でもあとを絶たない。そんな輩を見ると「器の小さい男(女)」という印象は免れないし誰からも信頼されなくなる。しかしそんな人間はそんなことにすら気づかない。いや気づいていても気づかないふりをしているのだろうか?最悪だ。

人間的にデキているリーダーは概ね部下に慕われているので周りからちょっと見ただけでもわかる。しかし素晴らしい人間なのに損な役ばかり押し付けられて不遇な人もいないわけではない。しかし素晴らしい人格者でも誰もがすぐに気づくわけではない。理解されるまでに長い時間を要する人もいる。でもそんな人は素晴らしい行動が習慣になっているからいつかは周囲に理解されて大きな成功を収めるようになる。