女は打算、男は沽券

女は打算的な損得勘定で、男はくだらないプライドだけを第一に生きている、というのは割と世界的に間違っていない認識なのではないかと思っている。もちろん物欲のない女子もいるし自慢話をしない男子もいる。しかしそれは少数派だ、と思う。しかもどちらもこだわるのは些細でくだらないことだ。

自他共に認める大人物は自慢話をしないし本当のセレブはケチくさい話をしない。大人物はわざわざ自慢話などしなくても誰もが大人物だと知っているし、セレブはケチな計算などしなくてもお金に困ることはない。余裕があるからできることなのだと誰もが思っている。しかしそんな人は市井の無名人だった頃からそうだったし裕福でなかった頃からケチケチしていなかった。

得のある人の周りには人が集まる。それもそれぞれに得のある人ばかりが集まる。意味は違うが「金持ち喧嘩せず」だ。お互いを認め合いみんなが幸せであることが自分の幸せだと思える人なのである。だからといって自分を認めて欲しいとかもっとお金持ちになりたい人ばかりが集まってきてもそのコミュニティの中では自分が得している思うことはできない。

誰かが幸せな気持ちになることで自分も幸せになったり、自分がガツガツとさもしい行動をしないことで周りの人にも余裕を与えて自分も穏やかな気分でいられることを知っている人だけがコミュニティの中で穏やかに過ごすことができる。

だからといって株や不動産投資にガツガツして儲かったことを吹聴してまわる人がイヤらしいとも思わない。お金や権力はないよりあったほうがいいし偉そうになれる。でもそれは程度問題だと思っている。いくらお金を稼いで贅沢な暮らしができたとしてもしょせん人間は「座って半畳、寝て一畳」だ。それより多少大きな部屋に住めたとしても宮殿のようなところに住みたいとは思わない。

自分の”分”が見えれば無理して自慢しようと思ったり、必要以上のお金儲けをしようとは思わなくなるのではないだろうか。でもボクがその境地にたどり着くまでにボクの人生は追いつけるだろうか。

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