男の家事

コロナ禍でリモートワークになったりして自宅で過ごす時間が長くなったお父さんも多いと思う。通勤時間がなくなって家にいる時間が長くなれば当然家族(主に妻)から「家の仕事もやってよ!」ということになる。

お父さんの定番の家事手伝いといえば朝のゴミ出しとたまに押しつけられる風呂掃除だ。これを家事といえるかどうかは別にして、お父さんはこの程度でも「オレだって家事をやっている」と思っている。しかし他の家族(主に妻)からみれば「ちょっと手伝った程度で偉そうにしないでよ」ということになる。

以前にも書いたが家事には「名前のない家事」が無数に存在する。炊事や洗濯、掃除ばかりが家事ではない。洗濯をすれば干して乾いたものを畳んでしまわなければならない。庭やベランダの草木に水をやらねばならない。毎朝、なかなか起きてこないドラ息子を起こさなければならない。食器棚の中に積もるホコリやテーブルも拭かなければならない。家事はそうした膨大な作業の積み重ねである。

たまの休日に材料の原価もキッチンの後片付けも家族の好き嫌いも考えないで、時間配分も行き当たりばったりに「今日はオレの手作り料理を作って”やる”からな」などと思いつきで始めて、「これが男の料理ってもんだ!」と自慢げに金に糸目もつけないような料理など家事ではない。ただの趣味である。道楽に過ぎない。

家事は毎日やってこそ家事といえる。富めるときも貧しきときも、忙しいときも暇なときも、暑いときも寒いときも、雨の日も晴れの日もどんな時にもつべこべ言わずにやらなければならないのが家事である。サラリーマンの仕事のように時間が来たら終わり、この作業が一段落したら終わりというものではない。家事は永遠に続いていくものである。

男は自分がヒマになると急に頼まれてもいないことを始めてみんなの役に立とうとする。しかし多くの場合、それは役に立つどころか要らぬお節介、大きなお世話なのである。普段から好むと好まざるに関わらず家事をしている側から見れば余計なことはしないで欲しいと思っている。そんなことにも気づけないのが男の情けないところである。よくこれで仕事が務まるものだと思う。いや本人が考えるほど務まっていないのかもしれない。

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