一般道で車のシートベルトが義務化されたのは1986年(昭和61年)だ。今から34年も前のことである。それまでは着用の努力義務はあったが罰金は取られなかった。だからそれまではシートベルトなどすることもなく平気で車を運転していた。しかし着用が義務化されて違反すると罰金を取られるようになってからは必ず乗ったらすぐに装着するようになった。たぶんほとんどのドライバーも同じだったはずだ。

最初はシートに縛りつけられる感じがして窮屈で違和感があったが、否応なしにしなければならなくなって長い年月が流れると、今となってはシートベルトをしないと逆に、シートベルトをせずに走り始めるとパンツを履き忘れたまま玄関を出るようで不安に感じるようになった。シートベルトをしていないと走行中も体が安定せずに疲れることもわかった。

最初は面倒臭いだの窮屈だのと不平を言っていたのに、それに慣れてしまうと今度はしないことが不安になる。たぶんこれが習慣なんだと思う。経費の精算処理でも出勤簿の記入でも最初は面倒臭いと思っていたことがいつの間にか習慣になって極端に言えば無意識にこなせるようになる。

「三日坊主」という言葉がある。志を持って覚悟を決め頭を丸めて坊主になっても、厳しい規律と厳しい修行に音を上げて3日もすると俗界に戻ってしまうところからきた言葉だ。子供の頃、元旦に「今年は日記を書くぞ!」と決めたのに、暮れになって見返してみると1月3日までしか書いていないまっさらな日記帳を恨めしく思った思い出のある人も多いのではないだろうか。
一方で「継続は力なり」ということもよく言われる。確かに一度始めたことをやり続けるにはそれなりの精神力が必要なのかもしれない。でもその精神力を保ち続けることは大変だ。しかしそれが習慣になってしまえば苦労することなく続けられるようになる。辛いと思わなくなれば続けることは簡単だ。ではどうやって習慣にすればいいのか?

禁煙でもなんでも最初の3日は精神力で乗り切れるかもしれない。でもそのあとは我慢する辛さが身に染みてくる。そこで次の1ヶ月、「これは自分が決めた”キメ”なんだ」と思って意地になって続けてみる。「ここでやめたらバカにされる」と思って我慢して続ける。誰にバカにされるのか?他でもない自分にだ。

キメはキメだ。自分で決めた破ってはいけない掟だ。そんなことを続けていると3ヶ月も経つ頃には自然と習慣になる。他からの誘惑があってもキメを破る事は自分の掟を破る事だ。自分自身を裏切る事だ。そうしているうちに習慣はやめられなくなってしまう。かつてタバコが習慣になってやめられなかったように。ボクはそうしてタバコをやめた。もう20年以上も前のことだ。