ここ数日は小惑星探査機「はやぶさ2」が話題になっている。前回、10年前に小惑星「イトカワ」を探査した「はやぶさ」が帰還したときにマスコミが騒いで一気に人気が出てからこのブームは始まった。2014年には、前回はまったく注目されなかった探査機の発射の様子も全国にテレビ中継された。

今回、はやぶさ2がオーストラリアの砂漠地帯に火球になって不時着する様子をJAXAがある相模原のパブリックビューイングで見ていた中高年の女性は涙を流していた。おそらくこの人はこのプロジェクトに携わったわけではないと思う。それでも感極まったように涙を流していた。

それはもしかしたらこの精密機械の塊である探査機を自分の子供であるかのように擬人化していたのかもしれない。6年間をかけて52億キロを旅して”故郷に錦を飾った”子供を見るようにはやぶさ2を見ていたような気がする。

マスコミでは動物や植物、時には単なる機械までも擬人化して物語を作るのが好きだ。「犬の気持ち」などという本は大抵ベストセラーになる。考えてみれば人間が一度、犬になってから再び人間に戻ったわけはないので人間が考える”犬の気持ち”は人間が勝手に考え出したものに過ぎない。

「コタロー、よかったねぇ、嬉しいねぇ」などと犬に向かって激しく撫でながら話しかけている人をよく見るが、本当に犬が喜んでいるのかはわからない。そりゃ生き物だからオヤツを貰えば喜ぶかもしれない。でもそれは人間の感情としての「嬉しい」と同じかどうかはわからない。

ましてや小惑星探査機は長い距離を6年かけて飛んでいって帰ってきたが、機械が「あー大変だった」「苦労したよ」「心が折れそうになった」などと言うわけがない。それでも人はその機械に感情移入して涙を流せるのだ。

人は画像や映像を見て「すごい!」「素晴らしい!」と感激することができる。しかしそれ以上に心を動かされるのは物語なのだ。それがたとえありもしない物語であっても、その物語に感情移入した時には感動して涙さえ流せる。側から見ていて状況がわかっていない人にしてみれば理解できないことでも、本人にしてみれば感動的な物語のラストシーンになることだってある。だから人って素晴らしい!