以前、NHKの朝ドラで「とと姉ちゃん」というのをやっていた。今でも続いている「暮しの手帖」という雑誌を創刊した大橋眞子と編集長だった花森安治をモデルにしたドラマだ。大橋眞子役を高畑充希さんが、花森安治役を唐沢寿明さんが演じていた。唐沢寿明さんは以前から好きだったが(同期だし)このドラマをきっかけに高畑充希さんのファンになった。

花森安治は一風変わった人だったらしく、豪放磊落な性格と反骨精神が旺盛でオカッパ頭にスカートを履いて出社することもあったという。しかし戦時中にはコピーライターとして大政翼賛会の外郭団体に籍を置いて「国策広告」を考案・選定したりしていたという。国策広告とは今なお有名な、

「進め、一億火の玉だ」
「欲しがりません勝つまでは」
「ぜいたくは敵だ!」
「日本人ならぜいたくはできないはずだ」
「足らぬ足らぬは工夫が足らぬ」
「石油(ガソリン)の一滴、血の一滴」

というような戦前戦中の国威高揚を目的とした「国民決意の標語」である。戦後になってそのことを非難する声も多数上がったというが、自社の雑誌「暮しの手帖」に自ら「男は言い訳をするな」と書いて一切弁明することはなかったという。

この中で「ぜいたくは敵だ!」と書かれたポスターに「素」という時を付け加えて、「ぜいたくは素敵だ!」と落書きをした人がいたというのは有名な話である。ボクはもちろんそんな時代を経験したわけではないが昨今のコロナ騒ぎの中で、過度な自粛や外出制限などを他人にも強要しようとする”〇〇警察”のような話を耳にすると、戦前戦中の抑圧的な雰囲気もこんなだったのだろうかと思ってしまう。

もちろん感染拡大を押さえていくにはマスクの着用や不要不急の外出をせず、できるだけ人とも合わず話をしない事も効果があるのかもしれない。しかし度が過ぎて全員が憲兵になる必要はあるのだろうか。このところの第三波と言われる感染拡大で「ちょっと気が緩んでました」と言う人がインタビューにも現れるが、全面的に気を緩めてグダグダになってしまうのは問題外としてもあまりにすべてを押さえつけ過ぎてしまうのもいかがなことかと思っている。

果たして我々がいつか疫病に”勝つ”ときは来るのだろうか?勝ったあとなら何をしてもいいのだろうか?「新しい生活様式」とは何を表すのだろうか?人類はインフルエンザと戦い始めて何百年も経っているがいまだにあいつらとは適度に付き合っている。