なんもいねぇ!

最近は海に行く回数も減ってしまったが、趣味でダイビングに行って海に潜って生き物を観察して写真を撮るようなことを随分と続けている。家から比較的近い伊豆の海でも夏から秋にかけては黒潮に乗って南の海から珍しい生き物がたくさんやってくる。ダイバーもやっぱり珍しくてなかなかお目にかかれない希種の生き物が大好きだ。

だから秋が終わってお正月が過ぎ2月から3月、4月になり海も冷たくなって(海の中は陸上より季節が2〜3ヶ月遅れるのです)南の海から流れてきた生き物が死に絶えて海の中が1年中伊豆で暮らしているどこにでもいる生き物ばかりになると海から上がってきたダイバーは異口同音に「なんもいねぇ!」と残念そうに叫ぶ。

しかし実際には海の中に何もいないわけではない。普段からそこに暮らしているウツボやタカノハダイ、ソラスズメダイやミノカサゴ、ミギマキ、イラ、ブダイ、ホンソメワケベラ、サビハゼやダテハゼ、クロホシイシモチ、マアジ、マサバ、イトヒキベラ、キタマクラなど何十種類もの生き物たちがそこで普通に何の苦労もなく見られる。

なのに「なんもいねぇ」と言うのは「(珍しいものが)なんもいねぇ」だけであって、それ以外の生き物は変わりなくそこで生きている。ただそこでいつも暮らしている生き物たちは、ずっと昔からそこに住み慣れており環境に順応してしまっているので風景に溶け込んでとても地味だ。だから百戦錬磨のダイバーでなければ見つけることすら難しい。

「見えていない」から「なんもいねぇ」なのか”雑草”のように”自分が”価値を見出せないから「なんもいねぇ(のと一緒)」なのかはわからない。でもなんの意味もなく生きている生き物などいない。彼らには彼らの日々の暮らしがあり命をつなぐために精一杯生きている。しかしそれはあまりにも地味で”水産的価値”が低いがために研究もされず、ボクたちがその生態をよく知らないだけであることが多い。

自分が知らなかったり興味のないことは視界に入っていても無意識のうちに”スルー”してしまって見えないものだ。そんな地味なものに興味を持てる人はとても少ない。映画でも大人気のアニメ映画なら何時間も行列して観に行くが、宣伝や広報があまりされずにあまり知られていない映画を観に行く人は少ない。たとえそれがどんなに人の心を動かす素晴らしい映画だったとしても。

海の中でも社会でも正確には「なんもいねぇ」ではなく「なんも見つけられねぇ」なのである。それは人としてちょっと恥ずかしいことだと感じている。知っていることにも知らないことにも常にアンテナを張り巡らして小さなシグナルも見逃さないように生きていたいと思う。いや、知らないことは大きなシグナルでさえ見逃しがちなのだから、もっと多くのことに積極的に興味を持って「面白さをわかる努力」と続けていくつもりだ。

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