失礼ながら筒美京平さんという方のお名前はそこかしこで見たことがあったがあまり意識したことがなかった。先日の訃報に触れて認識を新たにしたという体たらくである。「黒子に徹した作曲家」などと言われているが作曲された曲は、昭和生まれなら誰でも知っているようなメジャーなヒット曲だ。ジュディオングの「魅せられて」は高校時代の政治経済の先生が大ファンで授業中に聞かされた覚えがある。

♪Wind is browing from the Aegean♪ 〜 風はエーゲ海から吹く…

当時はエーゲ海などどこにあるかもよくわからなかったが、大人になってからクルーズ船で巡ったエーゲ海は優しい海だった。エーゲ海といえば先日の地震で大きな被害が出ているトルコのイズミルの港に立ち寄った際には1日中、街中を歩き回ったものである。被害が少しでも少なくあることを祈るばかりだ。

マッチ(近藤真彦)の「ギンギラギンにさりげなく」や変わったところでは「サザエさん」の♪お魚くわえたドラ猫〜♪というテーマ曲も筒美京平さんの手になる。古いところではいしだあゆみさんの「ブルーライトヨコハマ」や麻丘めぐみの「わたしの彼は左きき」などはもはや国民歌といってもいいほどだった。他にも同世代の松本隆(はっぴぃえんど)さんと組んで数々の曲を世に送り出した。

印象に残っているのは太田裕美の「木綿のハンカチーフ」だろうか。もっともこの曲が印象に残っているのは曲もさることながらその歌詞だ。歌謡曲だと3番までで終わる歌が多いのだが「木綿のハンカチーフ」は4番まである。これは先に歌詞があってそれに曲をつけたからなんだそうだ。この歌詞を見てみると故郷から旅立つ彼と地元に残る彼女の掛け合いだ。

1番 恋人よボクは旅立つ〜
   都会の絵の具に染まらないで帰って

2番 恋人よ会えないが泣かないでくれ〜
   いいえ星のダイヤも〜あなたのキスほどきらめくはずないもの

3番 見違うようなスーツ着た僕の写真見てくれ〜
   いいえ草に寝転ぶあなたが好きだったの

4番 恋人よ変わってく僕を許して〜僕は帰れない〜
   最後のわがまま〜ねえ涙拭く木綿のハンカチーフください

と見事な起承転結になっている。これだけの歌詞に曲をつけるのはどれだけの勇気が必要だったのだろうか。一方で、

上野発の夜行列車降りた時から
青森駅は雪の中
北へ帰る人の群れは誰も無口で
海鳴りだけを聞いている

という阿久悠さんの「津軽海峡冬景色」は作曲家の三木たかしさんとのコンビだが、これは先に曲があってそれに歌詞をつけたものだと聞く。これまた素晴らしいリズムの歌詞の流れだと思う。「上野発の〜」と「北へ帰る人の群れは〜」が完全に呼応している。これは作詞家に感動した例だ。

昭和歌謡はテレビやラジオが全盛だった時代に誰もが耳にして歌った曲である。キャンディーズもピンクレディも秀樹もひろみも誰もが一度は耳にしたことのある曲だ。おそらくこれからの時代はメディアの多様化によってこのような全体主義的な歌謡曲のヒットは生まれにくくなるだろう。

あと何十年も経った時に今の若い人たちは何を共通語にするのだろうか。きっとその時に僕はもう生きていないだろうが、天井の節穴から娑婆の世界を覗き見てみたいものである。