天空海というお相撲さんがいる。”アクア”と読むらしい。アクア=Aquaだろうか。aquaはラテン語で”水”のことだと高校生の頃、化学の時間に教わったことがある。どうしてその四股名にしたのか知らないが何かしら水に関係した生い立ちや理想があったのかもしれない。まあどうでもいい。それにしても四股名までキラキラネームになってくるともはや名前すら安心して呼べない時代である。

最近の子供の名前はほとんど読めない。「月=ルナ」などはまだ可愛い方である。Lunaはローマ神話の月の神様だ。でも「甘美=キュート」や「羅歩=ハート」になるともうお手上げである。昔は漢字の意味から子供の名前をつけたりしていたが、今は音からくる当て字である。だからそれがいいとか悪いとかという話ではない。そういう時代である。そんな世の中で久し振りに”友子”や和美”といった「普通の」名前を目にするとホッとする自分がいる。

でも読み難いのは如何なものかと思う。ボクは”鳥巣(トリス)”という苗字を抱えて50年以上を生きてきた。最近ではあまり言われることはないが、子供の頃には初対面の人に「なんて読むの?」と必ず聞かれた。”鳥(とり)”の”巣(す)”だから特に難しいこともないが、ほとんどの人はそう呼ぶことをためらっていた。そんな読み方ではアタリマエで簡単すぎると思ったのかもしれない。

仕事で出会う人たちの間にも徐々にキラキラネームが増殖する傾向がある。そんな人に出会うたびに口の中で音読して初めて出会った名前を耳に慣らすように努力している。何度か聞いているうちに聴き慣れて自然な名前になるのではないかと思っているのだが、これからますます難解な名前がどっさりと出てくることを思うと「いつまで付いていけるかな」とちょっと不安になる。

仕事で付き合いのある人や女性なら下の名前で呼ぶこともないから事実上困ることはないのだが、これからの将来を見据えて「この漢字をこう読ませる感性が今は普通なのか」と毎日が勉強の日々だ。柔らか頭を維持していくこともそれなりに大変なのである。