ボクは小学校から30過ぎまでを神奈川県の横須賀市というところで暮らしていた。幼稚園までは平塚や藤沢に住んでいたのだが、小学校に上がるときに引っ越した。小学校に行くまでは当然友達もいなかったが、学校に通い始めるとすぐに友達が増え始めた。

そこで最初にショックを受けたのが言葉の違いだった。それまでは使ったことのなかった「だべ」や「やるべ」という言葉遣いがどっさり使われた。これがたぶん「横須賀弁」だ。横浜の隣に位置していたが「じゃん」はあまり使わなかった。せいぜい「やってん”じゃん”かよぉ」という程度だったと思う。

「やるべ」はイントネーションによっていくつかの意味がある。「やろうぜ」「やるだろ」「さぁ、やろう」「やろうよぉ」などなど、他にもあったような気もするが子供の頃のことなのでもう忘れてしまった。

ところが以前、地元で中学時代の同級生たちと飲み会をやった時に、彼らが今でもリアルにその言葉を使い続けているのを聞いてびっくりした。ボクだって途中で他の土地に引っ越したことはあったものの30歳過ぎまで横須賀に住んでいたし、それなりにかつての同級生たちと話をすることもあった。その時までは確かに”横須賀弁”で話していたはずだ。

それが横浜へ引っ越し大阪で暮らし平塚に住むようになる中で次第に横須賀弁を話す機会はなくなった。そもそも横須賀弁は幼い時期の友達同士の言葉だったから、他の土地で仕事に就き仕事の同僚や後輩、大人になってから出会った友達との間で話す言葉ではなかったのだ。それらの友達や知り合いは少なくとも幼少期を横須賀で過ごした幼なじみとは違う。

ところが横須賀で生まれ育ち、横須賀で仕事を得て幼馴染たちとの交流がずっと続いてきた人たちにとって横須賀弁を話す友達がずっと身の回りにいたのだ。普段から方言を使っていれば言葉は残っていく。

テレビのバラエティ番組などで日本各地の子供達やおじいちゃん・おばあちゃんが方言を使っているところを見かける。きっとあれも地元以外の世界をまだあまり見たことがない子供達や、生まれてからずっと地元を離れることのなかった人たちの間では方言として地元の言葉が残っていくのだろうと思う。テレビや動画から標準語(東京弁)や関西弁が聞こえてきても、仲間同士で話すときには方言になる。

そう考えると方言を忘れてしまった人たちというのは、幼なじみのいないあるいはごく少なくなってしまった寂しい人間なのではないかと暗澹とした気持ちになる。それでも十数年ぶりに地元に帰って幼なじみたちに会うと自然に方言が口をついて出てくるのは全くもって不思議なことであるのであるよ。