「せんべろ」と言われる居酒屋がある。「千円でベロベロになれる店」という意味で使われ始めたらしいが、実際には飲み助が千円でベロベロになる程飲めるほど安いわけではない。いわゆる”安い居酒屋”の総称だ。

若い頃には酒の味などわかるはずもないのに、ただ単に酔っ払うために飲んだりすることもあった。酒に強いわけではなかったが酔っぱらおうとすればそれなりに飲まなければならない。ただ金もないので高い酒は飲めない。そんな時に行くのがセンベロだった。

仕事に就いて同僚と飲みに行くようになった頃も、金がないのは相変わらずだったがセンベロに行くのはちょっとカッコが悪いという見栄もあって、チェーン店の居酒屋などに足を運ぶようになった。どこの店に行っても同じようなおつまみとビールや酎ハイでお茶を、いや酒を濁していた。大声で上司や会社の愚痴を言いながら溜飲を下げていた。

やがてそんな時期が過ぎると、酔っ払うことが目的で飲むことはなくなった。ビールや酎ハイをガバガバと飲むことはなくなり、好きになっていたワインなどをゆっくり楽しめるようになってきた。何十年も飲み続けていると次第に自分のお酒の好みもわかってきて学生時代のように、「何でもいいから酔っぱらえればいい」と思うことは少なくなった。

呑ん兵衛はどうして酒を飲みたいと思うのだろう。依存症のように病的に飲まずにはいられないという人は別にして、何となく夕方になって仕事終わりが近づくと緊張していた気持ちを解放したいという気分になることが多い。酔っ払って頭の中で考えることを強制的にやめにして開放するのもやり方の一つかもしれないが、飲みながら考えていることや話題を切り替えることで気分をスイッチしたいと思うこともある。

いずれにしても同じことを突き詰めて考え続けても解決できないことはある。そんな時の”現実逃避”として酒だったり”飲み会”を利用しているような気がする。美味いものは食べても楽しいが、それをネタに会話が弾むのもありがたい。

だからといって西洋人のように昼間から飲もうとはあまり思わない。特に日本人は民族的にアルコールに弱いから、飲んでしまうと正常な判断ができなくなってしまうせいもあるだろう。昼間から酔っ払ってしまったら1日の半分は無駄になる。それは何とももったいないと思う。

だからといって1日の終わりになっても「千円でベロベロになりたいか?」と訊かれれば、今はそうは思わない。この歳になると酔っ払うだけで疲れてしまうので、あえて酔っ払いたいとは思わなくなってきたのかもしれない。