「真実の瞬間」という言葉がある。慌てたように空港の受付カウンターにやってきたお客様が「ホテルに航空券を忘れてきちゃったんです」と言う。その時あなたが受付の担当者だったらなんと答えるだろうか?

「航空券がなければ搭乗することは出来ません。規則ですから」だろうか。普通の会社だったらそう答えるだろう。それが”規則だから”。

ところがその場にいた担当者は違った。「大丈夫です、ご安心ください。どちらのホテルでしょうか?」 そして別の係員にホテルまでチケットを取りに行かせて予定通りの便にお客様を搭乗させた。北欧のスカンジナビア航空のカウンターでの話だ。しかしかつてのスカンジナビア航空もこんな素晴らしいサービスができる会社ではなかった。そこには経営トップの大きな組織改革があった。

かつての経営者はすべての意思決定を自分一人で行い、命令を出すことに忙殺されていた。しかし経営トップは直接お客様の接客をすることもない現場から一番遠い存在だ。担当者は現場で起きたことを上司に相談し、上司はまたその上司に相談し、何段階も書式の階段を昇り決裁者である経営トップにたどり着く。そんなことをしている間に予定の便はとっくに離陸し、お客様の予定していたビジネスや旅行はご破算になってしまうのだ。

もし現場に裁量権を持たせたらその場の判断で最善の解決策を実行できたかもしれないのに、そのチャンスをむざむざ失っていたわけだ。そのお客様が最初にカウンターにやってきて「ホテルに搭乗券を…」と相談してきたその時にお客様は航空会社の対応を見て会社全体を判断する。それが「真実の瞬間」だ。お客様が対応を受けてその会社の真実を判断する15秒間である。

ほんの15秒間でも会社全体で見れば年間に何万回、百万回という「真実の瞬間」がある。その度にお客様はあなたの会社を評価している。完璧な対応ができればそれに越したことはないが、多少拙くても素早い対応の方がお客様の顧客満足度ははるかに高い。ましてや遅い上にぞんざいな扱いを受ければおそらくお客様は「もう二度と使わない」と思うだろう。

素早い対応を可能にするためには現場が意思決定の権限を持たなければならない。報告書と決裁を待っている時間はない。そのためには経営トップのビジョン(総合戦略、何を一番大切にするのか)が現場に正しく伝わって、最前線にいるスタッフが「今、自分は何をすべきか」を基準に判断して自らが行動しなければならない。そのために現場の判断は現場で行うのが一番効率的で理にかなっている。

トップのビジョンが現場に確実に浸透してその時に一番いい行動を取ろうとした時、つまり現場がやる気になって頑張ろうとしている時に、ビジョンを理解していない中間管理職は現場の足を引っ張ろうとする。なぜなら中間管理職が「自分は必要とされていない」と思って自己保身に走るからだ。中間管理職はトップの命令を下に伝えるためだけに存在してきた。現場が判断するようになったことはすなわち「自分たちは必要ない」と思われかねない。

繰り返すが、トップの示したビジョンを実行するには現場に決定権を委譲しなければ素早い判断ができない。しかし現場に決定権が移ると、今まではトップの命令を下達するメッセンジャーの役割だけが仕事だった中間管理職の立ち位置はいきなり怪しくなる。だから現場の邪魔をしようとする。

しかし今まで中間管理職だった役割は、ビジネスリーダーとして現場が決めたことを素早く実現するために、自分たちのテリトリーを調整して現場が動きやすくなるようにサポートすることこそが一番大きな役割になる。

現場の担当者が直接受け持つテリトリーはごくわずかだから、縦割の組織の中では多部署との調整が必要になることも多い。その時こそ今まで中間管理職として命令の伝達だけをしていた人がビジネスリーダーとして生まれ変わる時なのだ。

ビジネスリーダーこそが現場に協力して働きやすい職場を作る原動力にならなければ、他に誰がその役割を負えるというのだろう。今までの人脈や経験を生かして現場をサポートしていい仕事ができるようにすることこそが、これまでの中間管理職がなすべき使命だ。それは上司の命令をそのまま部下に伝えるだけのメッセンジャーではないクリエイティブな新しい役割である。プロレタリアートたちよ、今こそ生まれ変わる時だ。