先日、アメリカの大統領選挙に立候補しているトランプ氏とバイデン氏のテレビ討論会の中継を見た。結論から言えばとても”討論”と呼べるものではなく、とても大統領候補同士のディベートとは言い難いものだった。最後には「お前の母さんデベソっ!」というような捨て台詞の応酬である。これが今のアメリカである。情けない国に成り下がったものだと思った。

人の話を聞くときには自分は喋ってはいけない。聖徳太子は10人の話を同時に聞き分けたと言われているが、その時でさえ太子は相手の話に耳を傾けて、自分は喋っていなかったはずだ。自分が話している時には相手の話を理解することはできない。トランシーバーで自分が話している時には相手の声が聞こえないように…。

人の話を聞かない人は意見を言う資格がない。意見というのは他の人の考えに対して自分の考えを伝えて意思の擦り合わせをすることだ。最初から相手の話を聞かなければ相手の意見が分かるはずがない。

でも相手が話している途中でしゃべり始める人は多い。相手の話を遮って話し始めれば、見識のある相手なら自分の話をやめてしまうだろう。以前にも書いたが、日本語という言語は話の最後に結論を言う言葉だ。話の途中で相手の話そうとしていることを遮ってしまったら、結論は分からずじまいだ。

そんな人はいつだって他人の話をちゃんと聞く気がない。自分の勝手な予断で結論を決めつけようとする。たとえそれが間違った結論だったとしても。間違った結論を自分勝手にインプットしてしまったらそれを修正するチャンスはなかなかやってこない。それまでの長い間、間違った結論を周囲に振りまいて恥をかき続ける。

ある時、真実がわかった時に初めて”屁放って尻をすぼめる”ことに気づくのだ。でもあの二人はそのことにすら気づかないだろうなぁ。