「なんでそんなことも知らないの?」と思わず言ってしまうことがある。そんなこと言われても知らないものは知らないのだ。プロ野球が好きな人は日本国民は全員プロ野球中継を見ていると思っているし、ゴルフが好きな人は松山英樹や渋野日向子を知らない人などいないと思っている。ボクは野球にもゴルフにもさして興味はないので、ニュースで報道される以上のことはよくわからない。

自分がアタリマエだと思っていることが他の人も取ってもアタリマエとは限らない。逆に他の人にとってのアタリマエが自分にとってはまったく未知のことだったりする。もちろん国民的な”常識”もあるだろうが、今の総理大臣やアメリカの大統領の名前を知らない若者もたくさんいる。「イギリスはどこにありますか?」と訊かれて「アメリカ?」と答えた大学生を見たこともある。

そんな例は特別かもしれないが、自分の価値観だけで決めつけることは厳に慎まなければいけない。生まれも育ちも環境も経験してきたことも、人それぞれだ。何一つとして同じことはない。ボクは長い間、システム開発の現場にいた。だから他の人に比べれば専門用語などにもちょっとは詳しい。だからと言って他の人も同じように知っているとも思っていない。ニッチな世界の話だ。アタリマエは違っていてアタリマエである。

自分にとってのアタリマエを誰かに話すときには、まずは相手が知らなくてアタリマエだと思って話してみるといい。相手から見れば”自分が知らないこと”をアタリマエのこととして「そんなことも知らないの?」という態度を取られれば自尊心を傷つけられるし腹も立つ。人は元来「他の人より優れていたい」と思う生き物だ。上から目線で話されたりバカにしたような言い方をされれば、それを表に出すかどうかは別にして誰でも気分を害する。

テレビのクイズ番組でもひとたび質問が出されると、多くの人は嬉々として答えを言いたがる。それが自分の知らないことだったとしてもだ。そしてその答えが正解だったときには単純に喜ぶ。それが単なる偶然だったとしてもだ。もし本当に答えを知っていて正解したなら、自尊心は大いに満足して自分の優秀さに酔いしれることだろう。だから人はクイズ番組が好きなのだ。

「これは知らなくても仕方ないけど」と前置きされれば仮に以前から自分が知っていたことであっても、「他の人は知らないことを自分は知っていたんだな」という優越感に浸ることができるし、本当に知らなかったとしても「これは知らなくても普通なんだな」と思って心穏やかにいられるものだ。

誰と話しをするときにも、独りよがりになっていつの間にか自慢話になってしまうことだけは避けたいと思っている。