高校3年生の時、進路指導室には進学希望者のための資料と就職希望者のためのガイドブックが置かれていた。その中にあったのが「スペシャリストへの道」という小冊子だ。スペシャリストとはその名の通り”特殊な”技術を持った専門家を指す。その対義語はゼネラリストで、多方面の知識や技術を持った人を指す。しかしゼネラリストが一人いればスペシャリストはいらないのかといえばそういうわけでもない。

スペシャリストには特定の分野で普通の人にはない深い知識や技術が求められる一方で、専門分野以外では普通の人だ。もちろんすべてにおいて”普通の人”であるよりも、一つだけでも秀でた能力を持っていた方がいいに決まっている。だが何度も言うように専門分野以外では普通の人だ。だからその人の専門以外で深く突っ込んだ質問をしたり意見を求めてもあまり意味がない。

ではゼネラリストならすべての分野に精通しているのかといえば、これもそんなことはない。もちろん多くの分野の知識を持っていることは必要だが、それはいわゆる”雑学”ではない。クイズ番組を見てたくさんの質問に答えられるのとは違う。スペシャリストほどの知識と経験はなかったとしても、少なくとも一度は自分で経験して上手くこなせるくらいのスキルは持っていなければならない。

多くのスペシャリストたちの集合体にならなければゼネラリストにはなれないが、ゼネラリストにすべてができるわけではない。しかし自分ですべてを深く知って経験していなくても、誰に頼めばどのような仕事をどのようなレベルで完成させられるかを知っている人がゼネラリストだ。そのためには何をすればどういう結果が出てどういう問題が起きるのかを予め知っておく必要がある。

多くのゼネラリストはかつてスペシャリストだったことが多い。しかしスペシャリストには専門分野ごとに縦割りの壁がある。その壁さえなければもっと物事がうまく進められるのにと我慢できなくなった人が、他の分野のスペシャリストも目指すうちにだんだんとゼネラリストに近づいていく。その代わり、常にその分野の最先端の知識や技術を維持していることは難しい。だからそれをスペシャリストに頼るのだ。

かつての日本ではパソコンを触ったこともないような人がIT担当大臣をやっていたことがある。国務大臣は広い分野のゼネラリストでなければならない。IT担当大臣が各国の首脳と世界経済について侃々諤々と議論することはできなくても(たぶん首相や大統領でもできないが)、せめて自分が任された分野に関してはあらゆることを経験して知識を蓄積しておくことは必要条件だ。だからそんなやる気のない人を任命してはいけない。

ゼネラリストは全部を自分でやることはできないが、全部を知っていてそれをできる人に任せられる人でなければ務まらない。それがマネジメントである。