小学校では防災訓練の時に「防災頭巾(ずきん)」を使うらしい。ボクらが子供の頃にはまだそんなものはなく、学校の椅子に置かれた座布団を頭に乗せて避難訓練をするのが一般的だった。

数年してテレビで小学校の避難訓練の様子を見た祖母と母は「あらヤダ、防空頭巾じゃない!」と言っていた。ボクは空襲に遭った経験もないので防空頭巾も知らなかったが、戦時中、空襲警報が鳴るとみんな防空頭巾をかぶって防空壕に逃げ込んだらしい。

防災頭巾も防空頭巾も形は同じで使い方も効果も同じだが、聞いた時に感じる印象が全く違う。かたや天災でかたや戦災だ。でも家が壊れたり火事になったりして逃げなければいけない状況に変わりはない。原因は違っても結果が同じならとりあえずは同じ対処をしていくというのはあながち間違いではない。

それにしても戦後75年経っても同じものが役に立っているというのは感慨深い。自動車のフロントガラスについているワイパーだっておそらく自動車にフロントガラスがついた時からほとんど進歩していない。要するにガラスに付いた雨粒を拭き取るだけだ。ジェット旅客機でさえこのワイパーを使っている。唯一進歩したのはフロントガラスに塗るタイプの風の力で雨粒を吹き飛ばすものくらいだろう。

時代は変わっても変わらないものはある。それが機能的にも経済的にも必要十分であるならそれ以上のことはあまり考えようとしない。しかしそれでも「もっと優れたやり方はないのか」と飽くなき追求をする人がいる。「そこまでしなくてもいいんじゃない?」と周囲からは変人のように扱われるが、イノベーションを起こせるのは大抵そんな人なのだ。