俳優の渡哲也さんが亡くなった。石原裕次郎亡き後、石原軍団のボスとして君臨してきた感もあるが、実は渡哲也さんの刑事ドラマはほとんど見たことがない。高校生の頃だったか、渡哲也といえば「西部警察」や「大都会」といった刑事ドラマが流行っていた。しかしボクが子供だったときには時代はまだ「太陽にほえろ!」だった。七曲署捜査一係の係長の椅子には”ボス”こと警部の藤堂俊介(石原裕次郎)が座っていた。

西部警察のように戦車が出てきたり刑事がショットガンをぶっ放したりすることはなく、割と普通っぽい(普通ではなかったけれど)古き良き(今でいえば「エモい」?)時代の刑事ドラマだったがここには渡哲也は出ていなかった。

(捜査一係のボスのところに電話がかかってきて)
「なに?殺し?わかった」「ゴリさん、矢追町3丁目で殺しだ。行ってくれ」

ゴリさん(竜雷太)、チョーさん(下川辰平)、殿下(小野寺昭)、山さん(露木茂)をはじめ、若手のデカとして配属されてくるマカロニ刑事(萩原健一)やジーパン刑事(松田優作)、テキサス刑事(勝野洋)などはあたかも新人俳優の登竜門のようだった。新人俳優もやがて人気が出てくると適当なところで殉職していった。これからも登竜門であるためにはメンバーの交代が必要だ。有名になった新人は自分で稼いで欲しいというところだったのだろう。

石原裕次郎さんは1987年にガンのため52歳でこの世を去るが、そのとき病床に渡哲也さんを呼んで「最後は石原プロダクションを畳んでくれ」と頼んだらしい。渡さんはその遺言通りに石原プロダクションを解散した。

石原プロモーションといえばなんとも男臭い集団というイメージだ。専務の小政という人は元日活の製作主任上がりの人で、かつては俳優を東映と取り合って日本刀片手に相手の撮影現場に乗り込んでその俳優の腕を掴んで連れてきた人らしい。

そんな人が現場で指揮をとっているプロダクションだ。その部下に昔渡哲也さんの付き人をやっていたという「小島ちゃん」という人がいたらしい。撮影現場にヤクザのお兄いさんなんかが来ても小島ちゃんたちは平気で立ち向かっていく。ある放送作家が「怖くないんですか?」と訊いたら「なぁに行かなきゃ”小政”にやられますから、ヤクザにやられるか小政にやられるか、どうせやられるならヤクザの方が御難がない」と言っていたという。

渡哲也といえば、これまたサスペンスドラマ俳優で十津川刑事としても数多く出演していた渡瀬恒彦の兄でもあった。兄弟揃って刑事俳優が性に合っていたのかもしれない。もっとも二人ともNHKの大河ドラマや朝ドラなどにも数多く出演していた。いずれにしても昭和と平成を代表する名俳優だった。心からお悔やみを申し上げたい。